第8話 出発前夜

「兄上! 明日、水戸に行かれるのですか? 私もご一緒いたします!!」


潤んだ瞳で俺を見上げ、いい笑顔をする俺の可愛い妹よ。


「明日、兄は確かに水戸に行くが向こうの役人を相手に大立ち回りを演じる可能性すらある。連れて行って何かあってからでは……死んだ父上に申し開きが……出来ない……」


俺はとりあえず、そう答えた。


「だって……小間物とか見たかったのに、それと兄上と一緒に行けたら嬉しいなって……」


な、なに?それ?え?いいよ、いく?行っちゃう?

待て待て、ちょっと待て、冷静になれ俺。

この涼香殿、その可愛い外見とは裏腹に意外と知恵もの、これが、そもそも、この態度が偽りと俺は考えた。


「いや、明日は兄一人で行こう……すまぬ涼香殿」


俺は目を伏せ頭を下げる。妹と、水戸での新しい出会いを天秤にかけたら、考えるまでもなかった。


「いや! 行く!! 兄上と行く!!」


さすが我が妹、これが大抵の男ならその手にかかっているだろう、可憐な瞳を潤ませ、両手を握って胸の前に出し、俺を見上げて必死に懇願だ。可愛い……いや、駄目だ。ここは心を鬼にして、


「わかった、あす……ク時に出立致す故、それまでに支度を終わらせておくように」


そう言った。

わーいと大喜びの妹殿を背にし俺はほくそ笑む。


ロク時に、俺は、朝焼けにむせぶ松井村を出立した。

すまぬ、妹。


次回、いとこあらわるの巻き。

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