第38話 道中
道中は、小さい涼香殿と手を繋いでよく遊びに行った道だ。
何してたんだ?虫取り?花摘み?なんかそんなことしていたか。小さな子供が喜ぶことを俺は探して一緒に連れ出していた。
でこぼこの道で、村のある高台から降りたあと、水田が広がる平地を抜けて、もう一度、高台に登ると、東には太平洋が見えて、正面の南には松岡の街並みが見えてくる。この丘を下れば、もうすぐ、すぐそこに涼香殿が嫁ぐ佐貫様の家が見えてくる。
馬の背の様な丘陵を登り切った俺達は、少しの休憩をとった。眺めの良い丘の頂上、峠道。
涼香殿は馬から降りて、皆の衆と談笑している。俺は、少し離れたところで松岡の街並みを見ている風を装うことが精一杯で、心ここに有らずどころか、全くここに有らずだ。
「あにうえ~、あにうえ~、疲れた、おんぶ」
俺の耳には5歳の頃の小さかった涼香殿の声がどこからともなく聞こえてきた。
「早く戻りませんと、暗くなります。さあ、急ぎますよ」
良くそんな事を言って残り、2km程をおんぶして歩いていたっけなあ……いつもこの辺りになると、疲れたって言っていたな。
わざとか……。
小さかった涼香殿はいつも俺の後を追いかけてきて、どこに行くのにもついて来ていた。俺も死んだ妹が戻ってきたみたいな気になって、何処に行くのもおっくうでは無くて、むしろ、喜んで連れて歩いていた。
随分と昔の事のようで、戻らない幸せの様な気になっていた。
「名主……、ホントにいいのけ?」
なんだ?
佐平治が、ひとり離れたところで虚空を見て、過去と向かい合っていた、俺の傍まで来て、小さな声で、真剣な目線を、どちらかといえば、苛立ちの目線を送っている。そう、あの日の俺に松井村をどうするかと迫ったあの時の様な目線で俺を睨みつけている。
「な……何のことだね?」
何の事だね、じゃあないよ。俺自身がとぼけて見たところで、佐平治にしろ、既に周知の事なのでは無いのだろうか?きっと、皆の衆は少なからず俺と時間を共にして、俺と涼香殿の関係に気づいていたのだろうな。それに皆の衆の年代は涼香殿がウチにやって来た当時の事を良く知っているだろうし。
「名主、あんた、何に躊躇してんだ? あんたの気持ちは固まってんだろ? 何を迷うんだ?」
その通りだ、俺は何に迷っているんだ。
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