第35話 漏水

「名主! ていへんだ!!」


佐平次が血相を変えて屋敷へとやってきた。


「どうしました?」


「水が、水が流れてねえ」


慌てて、現場に行くと用水路の中盤、他の村への分岐を経た、用水路の全工程の三分の二を過ぎたあたりから水が無くなっていた。干上がっていた。


最初の分岐のある神社よりも上流ではこうこうと流れ、その下流の粟野村への分岐のある場所でも一見、問題なさそうに見えるのだが、台地を潤しながら進む水はやがて、徐々に勢いを失い用水路の底へと消えて行って、そこには、ただの砂地の溝が存在しているだけになっていた。


「これは……」


「漏水だ。この辺りの地面は水を勢いよく吸い込んじまう。そのせいだ」


「水門をもっとあけましょう」


参った。どうすればいいんだ。


結局、水門を開けても、水が下流の水田までながれることは無かった。


俺は、用水路を見てまわったが妙案など出る事も無く夕時になっていた。


一旦、家に戻って支度を整えた俺は神社へとやって来た。工事の安全を祈って作った神社。そして、工事が上手くいかなかった時の為の磔柱の立っている神社に。


俺は磔柱に登って正面に見下ろせる水田や集落を眺めていた。とっくに沈んだ太陽の余韻でなんとなく明るくはあったが闇は目の前まで広がっていた。俺の心と一緒に深く暗く所々に人の暮らしが見えるいつもよく見ていた風景だが、今日は、今晩は全てが漆黒に見えた。


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