第36話 完成

 俺は磔柱の下、いつ降ったかわからない雨でぬかるんだ、泥の様な黒い粘土に真っ白な死に装束のまま力なく横たわっていた。


もう見えない、何も無い……死んで……せめて、他の村の者にお咎めがないように……………………。


「兄上! 何をしておいでですか!」


久しぶりに聞いた、俺の大好きな涼香殿の声だ。


「ああ、この通り、死ぬ準備をいたしておる。丁度、涼香殿も参られたのであれば一思いにやってくれ」


俺は泥にまみれながら、力なく答え、涼香殿を見上げると、


「兄上、まだ終わってはおりませぬ。何故に、水が流れるところと流れないところがあるかお考えになりましたか?」


俺をまっすぐに見る目は、いつもの様に俺には眩しく、いつもの様にあきらめるなと、逃げるなと言ってくれている。


でも、


一通り見てみた。


だが……水が流れる場所、ここはこの通り、死に装束を真っ黒に染める粘り気のある粘土質の場所……………………水の消えている場所は砂地の……………………底の、用水路の地面が何で出来ているか。


それが……違いだったのか。


「そうであったか、粘土は水はけが悪い、つまり地面に沁み込みにくいけど、砂地はあっという間にしみ込んでしまう。その違いだ。用水路の内壁に沁み込みにくい粘土を漆喰の様に塗り込もう」


1669年 寛文9年 3月末日

用水路は完成した。


全体の三分の一に。砂地の部分に新たに水が沁み込みにくいように粘土で作った底材を施工した。そして、それは、思惑通りに水の吸収を防いで、村の全水田に水を供給して、更に余る水量の水をもたらした。


清らかな透明な水は、延々と流れ続け、干上がる様子など無い。時折、耳に心地いい音を奏でやがてくる田植えの時期を待つ水田の横を通り、流れている。


やり切った。俺は、俺達はやり切った。

もう、水の心配のない村に生まれ変わる事が出来るんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る