第30話 ずっと前のこと
「私、回りくどいのは嫌なので、はっきり聞きます。兄上は私をどう思っておいでですか?」
年が明けてすぐ奥の部屋で陰鬱としていた俺のところへ襖をやおらあけ放ち大きな足音を鳴らして俺の前に座り、かなりご立腹なご様子の涼香殿がきてそう言った。
俺の可愛い妹を他家に嫁がせる話だろうな……俺が母上に進めろと言った話だ。悪い条件では無いと思った。この不安定な松井村にいるより、はるかに生活しやすいだろうという俺の、兄の、親心に妹は不服なのだろう。そして、こうなるようなこともどこかで覚悟していた。
ずっと前の事。
俺の弟と妹は子供の時に死んだ。やはり、凶作で十分な栄養が取れずに体力のない小さな子供が先に死んだ。母上が嘆き悲しんでいたのを俺は10歳くらいだったので、はっきりと覚えている。それから暫くして、父上が、知り合いを無くし、親なしになった子供を連れてきた。死んだ俺の弟や妹の生まれ変わりだと言って、それが涼香殿だ、4歳だった。
可愛い幼子で、怯えた目をして、いつも門の前でお迎えを待っていた。来ることのない父君か母君か、いつもいつも、ずっと待っていた。泣いたりしないで口をぎゅっと閉じて、街道の先をじっと見ていた。
それを見ていた俺は、子供心にも不憫で、いつも、門で一緒に居て話相手になったりして、次第に、涼香殿は俺に心を開き、仲良くなって、そして、門の前にいつの間にか立たなくなっていった。
涼香殿はどの程度覚えているのだろう?この兄と血のつながりが無い事まで知っているのだろうか?知っていて、それでさっきの質問なのだろうか?知らずしての質問なのだろうか?
「私、兄上は私の事を好いていただいているとばかり思っておりました。なのに、他家へ嫁げとは……兄上のご命令とあらば、仕方がありませぬ。ご命令通り、縁談を進めていただきます」
知っていたのか……
ちょっと待て!
という間を俺に与えることなく、部屋を飛び出して行ってしまった涼香殿は、俺に初めて泣き顔を見せていた。
あんな幼子の時でも泣いていなかった強い妹が俺の前で泣いていた。
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