第3話 水源探索

「大工事だなあ」


佐平治が呟いた。近くに大きな川は流れているのだが、川は渓谷の下を流れ、わが村は高台の台地の上にある。水は高いところから低いところへと流れるものであって逆には流れない。この高台を流れるようにするには、更に、山側に分け入って、ここよりも高いところにあるかないかわからない水源を捜し歩くしかないという意見でまとまった。


幸いここの台地は独立した台地ではなく阿武隈の山並みが東に突き出した、連続した山の半島状にせり出した端っこといったところなので、高いところの水源さえあれば、後は延々と掘割をすればいいだけなのだが……


「皆の衆よ。どこぞで、水源になる様な沢を見たことはないのか?」


俺が、聞くと、


「この辺りにはねえな。この台地の峰沿いに山の方さ、探すべそれしかねえ」


「そだな」


早速、水源探しの旅が始まった。


「この辺さ、沢あったはずだどもな」


既に村から5km程分け入って1日が過ぎた。そんなおあつらえ向きな沢などあるはずも無いが、こいつらはこの辺りの山で山菜やら採り歩いているので、それなりに勘所は有るのだろうが……仮にあったとして、こんな長い距離掘るのかよ。広葉樹林の林のなか、岩だらけの峰を縦走する俺は技術的にと予算的にどうやって出来るのか、しばし逡巡する。


うっそうとした藪の中をガザゴソしながら高い方へと、阿武隈の山並みの奥へと歩を進めると、藪の途切れたちょっとした広場に出た。


その時、目の前の藪の中から、


ゴソゴソ、

”シュッシュッ、ホゥッ、フッ”


なんか音聞こえてくんですけど……


「く、熊か?」


「名主、この辺に熊はいねえど」


山歩きの達人、左元太が答える。

じゃあ、なんだよ。


「猪……だっぺな……」


なあんだ、猪であるか、なら、この、俺の国光の錆にしてくれる。


「皆の衆、下がっておれ、ここは俺に任せて置けばよい」


決まった、どうよ、俺? 涼香殿に見せてあげたら、素敵!兄上!って絶対言うな。あいつ俺のこと好きだから。


俺は既に八相の構えを取り、気配だけの見えない敵に対峙し、奴の気の動きに集中する。


刹那---

藪から飛び出した猪は体高1mを優に超える大物だ!


おこと主様か!


いや、でけぇ、猪突猛進とはよく言ったものだ、奴が姿を現した10m先から一気に間合いを詰め、列の先頭で太刀を抜く俺めがけて何の躊躇もなく、おこと主様は突進してくる。


俺とて、子供の頃の習い事程度の剣術ではあるが、これでも武家の流れをくむ家の惣領、ここで後ろに引くことなど叶わぬ。


俺は太刀を自分に見えないほどの高速で振り下ろす。

手ごたえ有った!鈍い音と共に俺の太刀の動きは止まった。


やったか?


俺はそーっと目を開けた。見えなかったのは目をつぶっていたせいだったか……でも、大丈夫だ、全員俺の後ろにいるから俺の表情までは見えていない。

あ、あれ? 太刀が地面に刺さっている。どうやら、手ごたえありは地面を一刀両断していたらしい。


その瞬間、


「あぶねぇ!! 名主!!」


へ? 獣が地面を蹴る音が聞こえ、そこを見ると、おこと主様が……俺の身体に突進してくる瞬間だった……


ぶへ! 変な声出た……真後ろに飛ばされたのまでは分かる。後は、瞬間、空が見えた、次に雅太夫の最高潮の顔と涼香殿の可愛くお怒りになる顔が、走馬燈………………。


「………………」


「名主、でぇじょぶか?」


俺の周りを皆の衆が取り囲んで心配そうに顔を覗き込む。

後ろに控える皆の衆にあたって、衝撃をやわらげられて何とかなったようだ。


「あいつは、下にいったけど、また来るど」


俺の国光殿……5m程の上手かみてに伝説の聖剣のように刺さっている。早く取りにいかねば。俺はもつれる足に気合を入れ、走り出す。


聖剣国光を抜いた俺が、周囲を警戒していると、そいつは、おこと主様は、10m横の藪から突如現れ、同じように猪突猛進攻撃を仕掛けて来た。


ヤバい、今度こそ、やられる……

奴ののど元にあわせた切っ先に祈りを込め突きかかる。その時、


”パ~ン”


乾いた音が、突如、物音一つない広葉樹林に囲まれた藪の開けた広場一体にコダマした。


その瞬間、おこと主様は前足をもつれさせるように顔から突っ伏して俺の1m手前で倒れ伏す。


「おめーら、何してんだ、あんな奴、まともに相手したら死んじまうぞ」


鉄砲を担いだ40代くらいの男が藪の中から出てきて俺の方へと歩み寄ってきている。


「大丈夫が? おめえ、猪に人間用の包丁で叶うわげねえべ、あほか? 山、甘ぐみんなよ」


ため息を付きながらそう言うと、その男は俺の前に倒れているおこと主様に刀を差して手早く、血抜き処理を始めた。


「た、助かった。礼を言う。私は、松井村で名主をしている沼田惣佐衛門だ」


俺は頭を下げては見たものの、猪の処理に夢中な男は、俺の話など何処まで聞いたいたのか知らないが、


「助けてもらったついでで済まないが、訊ねたい。この辺りに沢は無いか?」


「沢? 沢ならこっから1kmんとこにあるべ、何すんだ?」


「ああ、まあ……とりあえず、水が欲しい」


「そうか。こっから北西の方だ、一回、峰を上り切ったところの裏手にある。また猪に襲われねえようにな、それとな、襲われたら、死んだふりしろ。あははは」


男は俺にそう言って豪快に笑い出した。


それ、熊だろ……


「すまぬ、名を教えてくれ。後程、礼でも持って行かせる」


「礼なんていらねさ。俺は吉左だ」


「名主、大丈夫だったか?」


身の安全を確信した皆の衆が、隠れていた藪の中から出て来た。


「ああ、この吉左殿に助けられた」


「そりゃあ、良かった。さあ、行くべ」


暫く、歩くと、左元太が、


「ありゃ、日棚村の奴だな、変わりもんで有名だど」


そうなんだ。へ~。それ以外はないも無い。

命の恩人には変わりないのだから。他人の評価は当てにしないそれが俺の生き方だ。格好良く言ってみた。


俺達は教えてもらった沢を目指す。

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