第15話 どうすれば出来るのか

「涼香殿~。ごめんなさい、また、兄は逃げそうになってしまった~、寸でのところで踏みとどまれたのは、そなたのおかげぞ、感謝いたす~」


俺は皆の衆が帰った後、甘えて妹の腰にすがりついた。


「………………」


「涼香殿?」


「………………」


涼香殿はお許しいただいているわけではなさそうだ。表情を見ればわかる。ものすごい冷たい感じ。この妹が怒った時はこういう感じで長いと一月ひとつきくらい引っ張る。


「兄上、私、許したわけではございません」


あ、しゃべった。でも、どっか遠くを虚空を見ている。

見上げる涼香殿は眉を上げて御怒り下さっている。ああああ、そのお顔……もっと、ください。


「どうすればお許しいただけるのでしょうか?」


すがり着く俺は、顔をチラ見しながら聞いてみた。


「兄上、ちょっと離れてください。私、本当に怒っているんです」


そう冷たい感じに言い放つ妹に俺は素直に従って、正座をして正面に座り直す。


「私、何度も言っていますよね。 逃げないでって、兄上はいつも逃げてばかりで、父上が亡くなってから、ずっとお役目から逃げて、その気になっていただいたかと思えば、今度は用水路の事で逃げて。兄上はもっと大きなことを出来るお方だと私はずっと思っております。私は兄上の事が大好きなのですから、その兄上への期待を裏切らないでください」


妹殿が必死の表情で会話を継いでいる。涼香殿の俺への期待をぶつけてくる。俺は思うのだが、そんな期待に答えられる様な男なのかどうか。


でも、いつも俺を見てダメなことをダメと言ってくれる貴重な意見を言ってくれる妹の気持ちに答えたい。


期待してくれる人がいるってのは、幸せな事なんだから。


目の前の灌漑用水のこと。

やらねば、きっといずれこの村はじり貧だ。農村の中心である米が出来なければ、その村に人は定着しない。させられない。

やるしかない。今、やるしかない。分かっている。


何が必要なんだ。


土木の工事の知識に技術。

金子きんす


必要な物は分かっている。


特に、取水口からの岩盤の掘削、掘割。

掘割を出来る職人、例えば、鉱山の穴を掘る金堀衆の様な技能集団を探さないとダメだ。


そして、金子きんすだ。

金を集める。

水を、用水を必要としている奴らから金を集める。いや、……そもそも、俺達ができる工事を俺達でやったらそれは実際に金など必要がない。


近隣の村の水が必要な周囲の村の稲刈りが終わった後に工事にあてたら、それは……金などかからない。


近隣の名主に声を掛けて廻ろう。


「涼香殿、兄はもう逃げませぬぞ。必ず、この大仕事をやり抜いて……村が安定した稲作が出来るようになったら………………」


涼香殿の目を見つめ、言い淀んだ。


「いかがいたしました? 兄上」


涼香殿は俺が何を言わんとしているのかわかったのだろうか?俺の顔を見つめて笑顔になり俺の言葉を待っている。


「いや、何でもない」


俺は思わずあふれ出る思いを漏らしそうになった。ずっとひそかに思っていた思いを、あふれる感情と共に抑えきれなくなりかけたが、寸でのところで何とか踏みとどまる事が出来た。


次回、金堀衆。

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