第29話 人工知能の罠 PRIME Behind

 意識を取り戻した時、大滝の身体は気だるく小刻みに震えていた。目を開けずに辺りの気配を探る。訓練を繰り返して潜在意識に刻み込んだ抑制反応のおかげで、本能的に飛び起きようとする身体の動きを制御していた。

 周囲に人の気配は感じられない。わずかに片目を開いて、左右と足元の様子をうかがった。

 取り落とした銃の位置を確認するや否や、常人には到底真似のできない力技でバネの様に全身で跳ねて一気に横っ飛びに掴み取る。一連の動作で中腰に銃を構えたまま、周囲をぐるりと見渡した。相手が使った武器が何だったにせよ、大量のアドレナリンが身体の気だるさを吹き飛ばしていた。


 だが、空き地にも路地にも人影はなく、大通りの喧騒が遠くこだまして辺りは静寂に包まれていた。倒れていた標的も姿を消している。


「畜生!」

 銃を収めた大滝は、いまいましそうに罵った。襲撃の前にベンチに置いたアタッシュケースが消えている。衣服と靴を調べたが、超小型の監視カメラやサングラスもすべて持ち去られていた。胸ポケットの中の自殺偽装用の薬物も消えている。


「この俺を一撃で打ち倒して標的を助け出したばかりか、隠しカメラに薬物まで見つけて持ち去るとは、手強いうえに抜け目のない野郎だ」

 大滝は内心舌を巻いた。相手の武器は電磁パルスでも波動砲でもなかった。これまで体験のない衝撃だったが、時間を確認すると意識が戻るまでものの十分と経っていない。

 敵に殺意はなかったらしい・・・

 が、大滝としては安堵するどころではない。相手がその気になれば特務工作員を抹殺できたのだから、この作戦は単なる失敗では済まない。

 ガーディアン本部の大失態だ。徹底的に失敗の原因を検証しなければ!


 集中力を欠き尾行に気づかなかった己にも腹が立ち、大滝は憮然ぶぜんとした。

 路地を再確認したが、打ち合わせ通り監視カメラは見当たらない。今回の暗殺に備え、サポート役の中村が定期点検を装って事前にすべて撤去している。シティ上層部の指示で、警察も監視カメラの撤去を黙認していた。

 戻って確認する必要があるが、おそらく、襲撃者の姿は路地の外の監視システムでは特定できないだろうな・・・抜け目がない奴だから、顔認証を避けるため変装していたはずだ、と大滝は推測した。


 だが、標的をどうやって運び出した?意識を取り戻しかけていたが、すぐに身体が動くわけがない。運び出すのに車を使ったとすれば共犯者がいるはずだ。付近の監視カメラの映像を調査させようと決めた。まもなく、監視ドローンもこの路地にも巡回して来る。

「ひとまず人ごみに紛れて撤退ポイントまで戻るか」

 つぶやいた大滝の表情は、路地に入る前とは打って変わって引き締まっていた。


 機動歩兵と退役者は履歴に一切その記録が残らない。シティには大滝が機動歩兵と知る者はガーディアンの上層部も含め誰一人いないのである。

 何だって機動歩兵の俺が、こんな簡単な暗殺計画に起用された?失敗は本当に本部と俺の失態なのか?


 つまり、簡単じゃなかったってことだ!失敗するとわかっていたのか。つまりはプライムか・・・


 大滝はこのはなから不可解な作戦には裏があると直感したのである。

 わざわざ俺を指名したのは、強敵が相手と知っていたからに違いない。それとも、暗殺は相手をおびき出す罠か?本国の軍司令部や参謀本部は知っていたのか?


 いずれにしても面白くなってきやがった。必ず敵の正体を突き止めて、今日の借りをきっちり返してやるからな!この作戦の裏もいずれ突き止めてやる!

 持って生まれた激しい闘争本能を掻き立てられ、荒削りで野生的な顔にふてぶてしい笑みが浮かんだ。

 お前を見くびっていたようだ。人工知能様よ、その期待に応えてやる!

 鬱屈した気分も一転、大滝は久々に戦いの高揚感に満たされていた。


 

 昏倒したダメージを感じさせない足取りで、大滝が路地から撤退した数分後、袋小路の上部にある高さ十メートルほどのビルの屋上から、青いフードを被った顔がのぞいた。

 このビルはドームの換気装置の建屋で、同じような建物がドームの内側に沿っていくつも立ち並んでいる。点検整備の作業員が定期的に出入りするが、一般市民は滅多にこの袋小路になった敷地まではやって来ない。


 人影は用心深くそっと下を覗いて辺りの気配を探ってから、向き直って長い両脚を伸ばし屋上の壁にもたれて座った。ふうっと深いため息をついて、ドーム越しに青空を眺める。柔らかな春の日射しが豊かな栗色の髪に黒褐色の陰影を刻み、くっきりとした大きなハシバミ色の瞳に滲む涙にもきらりと反射した。


 カジュアルな都会女子のファッションに身を包んだアロンダは、柄にもなくしんみりとした想いにふけっていた。

「あれが今の彼なのね!愛しくて涙が出ちゃう。コンタクトしてわかったわ!外見は別人でも、お人好しで人並み外れて優しい心はそのままね。嬉しい・ ・・」

 手で涙をぬぐってかたわらの大型バッグに目をやった。何の変哲もない薄手のゆったりした黒いスポーツバッグだが 、通信遮断用の特殊媒体が組み込まれている。あのガーディアンのアタッシュ・ケースとヘルメットにサングラス、それに回収した隠しカメラ三個に安楽死用薬剤も入っている。


 軍用レーザー銃は自分用に回収した。銃弾のように弾道検査もできない上に、ガーディアンの武器は所有者登録されず、足がつかないから重宝する。隠しカメラはアタッシェ・ケース内に録画するタイプで、本部へ自動送信はされていない。

 いずれにしても自分の姿は映ってないとアロンダは確信していた。


「タクを守りコンタクトもできたから一石二鳥のはずなのに、」達成感なんてちっともないわ・・・」

 アロンダは顔をしかめた。今回の襲撃で状況が予断を許さないとはっきりしたからである。シティ当局か北米連邦か、はたまた他の何者かわからないが、ガーディアン組織の背後にいる相手は、新人類と匠が繋がっていると感づいたらしい。

 いきなり抹殺に動くとは予想もしていなかった。てっきり検査か実験目的の誘拐とにらんでいたが、拉致なら三人でチームを組み車を用意する。匠を尾行したのはあのガーディアン一人きりだった。その時、アロンダは暗殺計画と気づいたのだった。

 

 過酷な現状を認識したショックがじわじわと効いてくるみたい・・・

 アロンダはスカートの下に手を入れ、太腿に装着していた古めかしいトランシーバーを取り出した。


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