第58話 エピローグ It Is Her!

 貴美を居間のソファに寝かせ、ランドリーで着替えをすませた匠は玄関へ向かった。水曜の夜に届いた宅配ボックスを、廊下の棚に置きっぱなしにしていたのを思い出したのである。

 キッチンまで運んで中身を取り出した後、ボックスの底に紙のレシートが紛れこんでいるのを見つけた。あの夜、寝ぼけ眼で商品を受け取ってサインした控えだ。

 何気なく手に取って明細を確認した匠の視線が、ふと目に入った名前に釘付けになった。


 エリア21以外ではとっくにすたれた紙のレシートには、配達係の氏名も印刷されている。普段なら気にも留めないのだが、あの夜はいつもの男性配達員ではなかったと思い出したのだ。

「あの配達員が・・・まさか、そんなはずは!」

 まじまじと目を近づけて確認した匠の顔に、衝撃の色が広がった。

 匠は中世でのタリスとの出会いを再体験したばかりだ。ところが、現代とは似ても似つかない服装や異なる言語のせいで、ついに同一人物とは気づかずじまいだったのである。


 今朝、タリスが額に触れた瞬間、二日半続いた深い催眠状態が途切れて目が覚めた。目を開けるとすでにタリスは消えていたが、匠は一向に驚かなかった。テレポーテーションで消えたと理解していたからだ。

 新人類のテレポーターは、過去に訪ねた場所にテレポートできる。あの夜、タリスは貴美の帰宅を待って、家の中へテレポートしたのだった。


「そうか、テレポートするには、タリスはいったんこの家に入る必要があったんだ!」

 呆然とした匠は独り言をもらした。


 フルフェイスのヘルメット姿で配達に訪れたのは、強烈なデジャヴュを感じたあの不思議少女、イルカちゃんその人だったのである。

 以前、小田はどんな手を使ったのか、あのスーパーの従業員勤務表を手に入れて匠に見せてくれたが、そこには彼女の名前もあった。

 イルカちゃんの名は小松珈耶という。


「伽耶・・・伽耶姫。かぐや姫か?・・・」

 小田に飛騨工ひだのたくみと同じ呼び名ですね、と言われたのがきっかけで、匠は日本史を勉強し始めた。そして、日本最古の小説が十世紀頃に書かれた「竹取物語」と知り、さっそく図書館で読んだのである。その時、妙に印象に残った一節が、ふと口を突いて出た。

「この児のかたちけうらなること世になく、屋のうちは暗き所なく光り満ちたり」*


 匠はキッチンの窓から外を仰ぎ見てつぶやいた。

「とても清らかで美しく、老いることもなく、もの思いもないんだっけ?タリスにピッタリ当てはまる。彼女の名前の由来はかぐや姫なのかも知れない」 


 匠の顔からすでに驚きの色は消えていた。

 くっきりとした黒い目を細め、よく日焼けした目じりに人の好さそうな皺を寄せて、感嘆と敬意をこめてつぶやいた。

「全然気づかなかった・・・イルカちゃんがタリスなんだ」


 人工都市の巨大ドームの外は春雨が音もなく降りしきり、本格的な春の到来を告げている。新たなミレニアム、新たな試練、動き出す強大な敵を前に、アポカリプスに見舞われたこの地で、光の血族に再会の季節が訪れようとしていた。



* 「竹取物語の現代語訳 かぐや姫のおひたち」より引用


「青い月の王宮」完


「ニュークリア・オプション(掲載中)」に続きます。

 読んでくださって、ありがとうございます。

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青い月の王宮 Blue Moon Palace 深山 驚 @miharumiyama

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