第4話 西の都  Megalopolis

 衝撃は右脚の太腿の裏側を襲った。


 「くそッ!」

 不意を突かれた男は罵り声をあげ、右手の狭い路地に頭から転がりこんで。建物の陰に身を潜めた。痺れた右脚を伸ばして、古びた赤レンガの壁にぴたりと背中をつけ座りこんだ時には、レーザー銃を手にしていた。

 クルーカットの男の鋭い目は怒りにギラついている。ワルという言葉がぴったりくる粗削りだが整った顔立ちの二十歳そこそこの若者だ。

 左耳のモジュールに触れ、ホログラスが左目を覆うのを待って、銃を左肩越しに壁からわずかに突き出した。長めの銃身は前部が回転して、内部でレーザーを反射する。前面ほぼ360度対応の優れもので、壁に身を潜めたままでも反撃できる。

 先端の自動焦点スコープが回転して、男は通りの様子をうかがった。だが、ホログラスに人影は映らない。

 物騒なこの地域でも滅多に使われないが、銃撃用小型ドローンの赤外線反応も捕捉できなかった。普段から人通りの少ない荒れ果てた通りは、日中にもかかわらず静まり返っている。


 次の瞬間、男は動物的な勘で路地の右手を振り向いた。が、銃を向ける前に右手首に痛烈な蹴りを食らった。レーザー銃がすっ飛んで宙を舞った。不意を突かれた男の反応は、しかし機敏で遅延がない。銃が路面に落ちる前に、左手の袖に隠し持っていたテーザーナイフを握っていた。

 襲撃者の腰の辺りを薙ぎ払うように一閃した。パッと眩しい電光が閃いて、襲撃者の身体を斜めに横切る。「仕留めたッ!」と思ったのもつかの間、直後に左手首に強い衝撃が走って、テーザー・ナイフがすっ飛んで路地の壁に当たって跳ね返り、乾いた音を立てて地面に転がった。

 男は唖然あぜんとなったが、痛みをこらえて素早く右手を背中に伸ばし、首の後ろに隠し持った予備の小型レーザー銃を掴んだ。


「おっと、やめとき!」

 女の弾んだ声に男は手を止めた。鋭い目をぎらつかせ歯を食いしばって怒りを抑えていた。この若者は通称シン。この街を牛耳るシンジケートの一員である。強気一辺倒の突っ張ったチンピラではない。したたかな切れ者である。咄嗟に知恵をめぐらせた。

 こいつは手強い!右脚が痺れて立ち上がれない。まともに戦っても勝ち目がないなら、探りを入れるまでだ。

「貴様、俺が誰か知っているのか?ただですむと思うなよ!」

 地面に座ったまま、ふてくされたように脅し文句を吐いて見せた。わざと居丈高に振舞い、相手を挑発するつもりだった。


「知ってるっちゃ。プラウドの幹部ね。イキがっちゃって、カワイイわね~」

 女は年に似合わず落ち着き払っていた。両目はホログラスで覆われ表情はうかがい知れない。黒づくめのボディスーツが、長い手脚と見事にくびれたウエストにピッタリ張りついている。頭部をすっぽり覆うタイトなヘッドカバーには、ご丁寧に猫耳まで付いている。


「ふざけるな!レーザーで後ろからいきなり撃ちやがって!」

 シンは唸り声をあげた。カワイイだと!得体のしれないコスプレ女の軽いノリに惑わされ、カッとなりかけたが自制する。

「あんたと一緒にしないでね。銃の保持は重罪よ!うちが持ってるわけないでしょ?」

「なにが重罪だッ!善良な市民に暴力を振るいやがって、お前が言うな!」

 シンは言い返しながら痺れた右太腿に手をやった。レーザーは出力が高ければやすやすと身体を貫通する。だが、アーミーパンツの分厚い生地には焼け焦げた跡すら見当たらなかった。


「貴様、俺に何をした?レーザーでもテーザーでもないな。電磁波銃か?」

 不審そうにとがめるシンに向かって、若い女は肩をすくめて見せた。

「さあ、何かしらね~?大丈夫だっちゃ、すぐ歩けるようになるから!」

 娘はケロッとして面白そうに見おろしている。こいつ、もしや頭がおかしいのか?シンは眉をひそめた。ハロウィンでもあるまいし、キャットスーツなんか着やがって・・・メガロポリスのスラム街には、ドラッグ中毒の若者なら掃いて捨てるほどいる。プラウドの構成員を襲うとは、ドラッグでイカレているとしか思えなかった。


「貴様、どうやってテーザーをかわした?てっきり命中したと思ったんだがな」

「貴様呼ばわりされる覚えはないっちゃよ。うちにはちゃんとキャットって名前があるっちゃ」

「お前の名前なんか知るか!いかれたコスプレしやがって、キャットウーマンにでもなったつもりか?どうやってかわしたかって聞いてんだよ!」

 シンはイラついた。挑発するつもりが体よくいなされ、のらりくらりとした女の態度に、次第に頭に血が上って来た。


「かわしてないっちゃ。あんたがミスったんでしょ?」

 キャットはからかうようにシンをたしなめた。

「バカぬかせ、この距離で外してたまるかってんだ!そのレザースーツだな。おおかたテーザープロテクティブか何かなんだろ?」

 シンは悪態をつきながら、さりげなく左手のリングに親指で触れながら躊躇していた。救難信号を送って仲間を呼び寄せる手もあるが、女に手玉に取られて助けを呼んだあっては沽券にかかわる。娘には殺意が感じられない。あせって救援を呼ぶこともない、と思い直した。

 おまけにこの謎めいた女ときたら、ほれぼれするほどスタイルが良い。ホログラスの下から、色白の頬とつんと上を向いた形の良い鼻と唇がのぞいている。なかなかの上玉らしいと、シンは激怒しながらも好奇心をそそられてもいた。男のさがである。


「いったい何の用だ?この街はプラウドのシマだぜ。こんなことをしてタダで済むと思うなよ!すぐに仲間がやって来てお前は・・・」

 シンは不機嫌そうに唸り声を出した。まかり間違っても、気を惹かれていると悟られたくなかった。

「キイキイうるさいっちゃね~、プラウドに連絡するならすればいいやん!テーザーもそのリングで出したんやろ?でも、女に叩きのめされたって、知られたいん?カッコ悪すぎるんとちゃう?」

 女は話をさえぎると、ホログラム越しにシンを眺めながら、関西弁を交えてからかった。


「不意打ちを食わせといて、勝手なことをほざくんじゃねえよ!」

 心の内を見透かされたシンは、鼻白んで小声で悪態をついた。

「心配ないっちゃ!誰にも言わへん。実はね、うち、あんたに頼みたいことがあるっちゃ!」

「貴様、人に頼みごとをするのに、いちいち背後から襲うのか?ふざけんな!誰がお前の頼みなんか・・・あッ、い、痛てッ!何しやがるッ!」

 まくしたてていたシンは不意にうろたえて叫んだ。無理もない。娘がいきなりシンの股間をハーフブーツで踏みつけたのだ。

「へ~、けっこう立派じゃない?」

 靴底で急所を圧迫したままグリグリと動かす。


 あまりの悪ふざけについに自制心を失ったシンは、反射的に首の後ろからレーザー銃を取り出した。間髪を入れず股間を踏みつけていた娘の長い脚が小さく鞭のようにしなって、シンの右手から銃を弾き飛ばした。鮮やかな早業だった。

「クソッたれッ、やりやがったな!」

 シンは左手で右手首を押さえてうめいた。二度も強烈な蹴りを受けた手首は痺れ切って力が入らない。

「無駄な抵抗をするからだっちゃ。これでうちの三戦三勝やん!どうするっちゃ。うちの話を聞く?それとも街中に流してほしい?メガロポリスきってのストリートファイター、小娘にボコられるゥ~!見ものだっちゃね。いい笑いモノになるっちゃよ~」

 キャットはヘッドカバーの猫耳に付けた小型モジュールを、思わぶりに指で叩いて見せた。

 このビッチめ、抜かりなく録画してやがった!シンは仏頂面のまま黙りこんでほぞを噛んだ。

 しかし、この女が武道の達人なのは間違いない。手も足も出なかったシンは、ふと不吉な噂を思い出した。背筋に悪寒が走るのを感じて、警戒心を新たに女を見つめた。

「お前?まさか特殊部隊か?例の大陸の・・・?」


 すると娘は無言でシンのかたわらに片膝をついて、ヘッドカバーをはずした。まぶしいほど明るい蓬髪ほうはつを手早く耳の後ろに撫でつけて、イヤーモジュールに触れると、ホログラスが左右のモデュールに自動的に収まって女の両目があらわになった。


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