第15話 魔女の宅配便  Kaya's Delivery Service

 その日の昼過ぎ、脳心理研究所の広々とした駐車場に、ピザ店の宅配スクーターが勢い良く入って行った。


 二十世紀に創業した有名な宅配ピザ店で、味とボリュームに加えて昔ながらの三十分以内の配達が人気を呼んで、ここシティ中心部にもランチタイムとなると、毎日のように十数台のバイクが出入りしている。このドーム都市は、ドローンの飛行を禁じているため、宅配便も車両を使っているのだ。

 大手の同族企業カヤ・コープが、エリア21の全店舗の商品配送を請け負っている関係で、収納ボックスにはピザ店のロゴ、車体には運送業者の「魔女の宅配便」のロゴと、ほうきに跨った魔女のイラストがプリントしてある。

 この国のアニメ文化は、二十世紀後半から世界的に高い評価を受けているが、この魔女キャラは、その先駆けとなった有名な映画監督の作品のひとつがモチーフになっている。


 女性ドライバーは、カヤ・コープの白い制服とハーフヘルメットではなく、黒いレザー調のボディスーツと同じく黒いフルフェイスのヘルメットを身に着けていた。

 ヘルメットを脱ぎ、頭を振って髪を落ち着かせると、スクーターから降りて、収納ボックスからケースに入ったピザを取り出した。ケースには自動保温と湿度調整機能が付いている。

 ケースを片手に無造作に乗せ、ソフトドリンクが入ったショルダーバッグを肩に研究所の入り口に向かった。

 タイトなボディスーツがくびれたウエストにぴったり張り付き、バイク用ブーツを履いた長い脚で闊歩するのに合わせて腰がなまめかしく左右に揺れる。切れ長のくっきりした二重瞼の小麦色の眼は精気に満ち溢れて、軽くウェーブがかかった豊かな茶髪が肩の上で踊っていた。


 軽やかな足取りで研究所の来訪者モニターに近づき、ピザ店のIDカードをセンサーにかざしながら、深みのあるハスキーボイスを張り上げて、英語訛りの残る日本語で呼びかけた。

「〇〇〇ピザです!配達ですよ~、エキストララージが二枚ね!」

 カメラに向かって陽気にウィンクして見せる。普通なら返答もなくゲートが開くところだが、ゲートは開かず間があって警備員の野太い声がマイクから漏れた。

「頼んだ覚えはないぞ。間違いだろう?」

「えっ、冗談でしょ!?だって、ここにオーダーがあるの・・・」

と言って、女性ドライバーはピザ店のIDカードを裏返して仔細に眺めた。裏側の小さなモニターにデリバリーデータが表示されている。


「え~、ウソでしょ!あ~ッ・・・ここじゃないッ!またやっちゃった、何で気づかなかったの?わたしまだ日本語がよく読めないの」

「なっ、注文してないだろう?あんた新人だな?気をつけないとダメだよ!」

 警備員は呆れた声を出して、モニターを切ろうとした。


「ちょっと待って!ねえ、お願い、頼んだことにしてください!お金は要りませんから今度だけ!わたし、国にいる家族に仕送りしているの。首になったら皆が困ります!今度間違えたらクビって、店長に言われてます。だから、お願い、ただでいいです!」

 まくし立てながら、店員は上半身をかがめてゲートのカメラに唇を寄せた。開いたツナギから形良く張りつめた胸の谷間がのぞいている。

「ねえ、お願い。ソーダもただにするから!」

「ソーダ?日本じゃ、ソフトドリンクって言うんだ。あんた外人だな?アロンダって珍しい名前だな。どこの国から来た?」

 主任警備員は思わずそそられて軽口を叩いた。どうせ暇を持て余しているし、こんな魅惑的な女をそっけなく追い返すのも惜しい。三人の部下も、この配達員が駐車場に入って来るなり、モニターに視線が釘付けになっている。

 店員の名前など普段は気に留めないのだが、まれに見る美女の上に、珍しい響きも手伝って、スタッフIDに表示されたアロンダ・アテナイアという名もしっかり記憶していた。


「それは秘密でえ~す!でも、入れてくれたら教えて・あ・げ・る」

 アロンダは顔を傾げてしなを作ると、派手なピンクの口紅を塗った唇をちらっと舌で舐め、長いまつげの目を閉じてもう一度ウィンクして見せた。


「クビになっちゃ、気の毒ですよ、主任!」

「たまんないいい女!」

「ピザが無料ただなんですか?おれは食いたいなあ~」

 マイク越しに他の警備員たちの声がかすかに聞こえている。


「しようがないな~、あんたがそこまで言うなら。今回だけだよ、いいね!」

 年かさの警備員はまんざらでもなさそうにゲートを開いた。女のやり口は見え透いているのに、どうにも抵抗できない男の性(さが)には、自分でも苦笑いしてしまう。「わぁー、ありがとう!いい人たちね!」

 もう一度キスするように唇をカメラに寄せてから、配達員は意気揚々と研究所に入って行った。



 半時間ほどして、アロンダは空のピザケースをぶら下げ、踊るような足取りで研究所から出て来た。収納ボックスにケースを戻して、ヘルメットを被りスクーターに跨ってエンジンをかける。

 両手を伸ばして大きく背伸びをしてつぶやいた。

「やれやれ、これで侵入スタンバイよ!先に店にスクーターを戻しておかなくっちゃ。監視カメラのせいで何かと面倒ね、この街は!」


 空吹かしを繰り返したスクーターは、タイヤがきしる派手な音を残して駐車場を出て行った。

 研究所から出て行く姿も、監視カメラにばっちり写っているから、後で疑われずに済むわ・・・

「目立つが勝ちよ、今回もね!」

 ヘルメットの下で笑みを浮かべると、さらにスロットルを開いた。

 猛然と走り去る宅配バイクの収納ボックスの背面に、「和光同塵」と古めかしい黒い太文字のステッカーが貼られている。ボディースーツの背中にも太々と白く「和光同塵」の刺繍が入っていた。

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