第21話 仁義なき戦い No Code In Combats

 「戦略科学研究開発機構」ことSSRDが、モビール・スーツの開発を担当した機動歩兵部隊員が、CIAの戦闘術訓練に参加した日の出来事を貴美は思い出した。


 忘れられっこないわ!

 あの日、特務工作員候補の中でも選り抜きの訓練生が、二回りも小柄な機動歩兵にあっと言う間に叩きのめされ、緊急搬送されるのをこの目で見たのだ・・・

 訓練生のミッチェルは怪我から回復したものの、自信過剰で自制心に欠けるという理由で、その後、特務工作員候補から外された。


 あの機動歩兵は身構えもしなかった・・・

 その後の光景は、貴美の脳裏に鮮やかに刻みこまれている。

 身長は貴美より低く百六十五センチほどで、ずんぐりした体型だった。物静かで無表情な機動歩兵は、しかし、マットに上がった瞬間、不意に強烈な殺気を発したのである。

 ぞくっと悪寒を感じた貴美は、思わず「待って!」と叫んだが、時すでに遅く勝負は一瞬で終わっていた。


 機動歩兵は訓練生の虚をついて、人間離れしたフットワークで接近戦をしかけたのである。

 訓練生のミッチェルが型通り身構えた時には、すでに間合いを詰められていた。

 シンプルな前蹴りを膝頭に受けて、前かがみに動きが止まった瞬間、顔面に膝蹴りをまともに受けてなす術もなくマットに沈んだ。

 上級者同士の戦いでは大技はまず決まらない。それを絵に描いたような展開だった。

 二人がヘッドギアやニーパッドにナックルガードを着けていなかったら、訓練生は膝関節の再生処置を受けるまで歩けず、頭蓋骨陥没の重傷を負っていたに違いない。


 ミッチェルが緊急搬送された後、教官は苦虫を嚙み潰したような顔で訓練生を叱責した。

「君たちには失望した。格闘技大会の観客のつもりか?機動歩兵の噂は耳にしているはずだ。特殊部隊中の特殊部隊と聞いているのに、なぜ事前に皆で相談もせず、ミッチェルを一人で立ち向かわせた!?」


 普段は物怖じせず教官にも反論する訓練生たちも、仲間が一瞬にして無残な姿で転がるのを目にしたショックで一様にうつ向いて神妙に聞いていた。

 彼らは上司や教官に対しても、疑問や異議があれば作戦行動の前に伝えるよう訓練を受ける。

 それどころか、教官は故意に誤った意思決定を下して、訓練生の反応を見ることさえある。誤った決定に疑問を抱かなかったり、事なかれ主義で盲従すると資質に欠けるとして評価が下がる。

 訓練生や部下を納得させる資質と能力を求められるため、教官や上司もそれなりの実力と説得力がなければ務まらない。


 教官は続けた。

「相手の外見に騙され、その場の空気に流されて警戒を怠った結果、仲間が重傷を負った。その責任はチームにある」

「一対一で戦うよう指示した覚えもない。ミッチェルを制止するか、複数で不意打ちをかけるか、選択肢はそのどちらかしかなかったと思わないか?」

「戦闘にはルールなどない。数的優位を確保できる場合は容赦するな。可能な限り短時間で敵を無力化する。それが鉄則だ」


 最後に静かにこう付け加えた。

「常に勝算があるかどうか見極め、迅速かつ的確に最善の決断を下さなければならない。不利と判断したら、戦わず撤退するのも戦略だ。仲間の命がかかっているのを忘れるな。その場の雰囲気に流され、根拠のない楽観論や単純な強気から中途半端な決断をすれば、避けられたはずの犠牲を被ると肝に銘じてほしい」


 ミーティングが終わり訓練生たちが黙りこくって部屋を出て行くと、教官は貴美を呼び止めた。

「ドレフュス、君に話がある」


 部屋に残った貴美に教官は尋ねた。

「君はミッチェルを制止しようとしたな。なぜだ?」

 貴美は一瞬返答に詰まった。

 教官は二人の対決より訓練生の反応を見ていたと気づいた。戦いの帰趨がわかっていたに違いない、と貴美にはピンときたのである。

 第二世代の能力に目覚めて以来、その力を隠すため必死で気を配って来たのに、もしや疑われているのではと不安になった。


「ぞっとしたのです、あの機動歩兵に。理由は自分でもわかりません」

 平静を装って答えると、教官はなるほど、とうなずいた。

「君は分析官候補だが特務工作員にも向いているな。その気があれば推薦しよう、考えて見てくれ」

 貴美はとっさに答えた。

「考える間でもありません、ぜひ推薦して下さい!」


 教官たちの観察眼は鋭い。貴美がひた隠しにしている異能力に感づいているかも知れない。鎌をかけられているのなら疑いを逸らしたかった。

 だが、理由は他にもあった。

 新人類の能力を制御するには、分析官として受ける訓練だけでは追いつきそうにないと感じていたところへ、目の当たりにした機動歩兵の恐ろしいほど敏捷な動きに、第二世代でも油断できないと危機感を覚えたのだ。

 

 もっとも、貴美は敗北を恐れた訳ではなかった。未知のサイボーグやミュータントでもない限り、一対一の素手の闘いで新人類に敵う人類は存在しないからである。


「人類にもあんなに動きの速い者がいる・・・戦いになったら瞬間的に力を抑制できなくなり、異能力者とばれてしまうかも知れない」

 今より厳しい状況に自分を置いて能力を抑える訓練が必要になる、と痛感した貴美は、素早く決断を下したのだった。


 体力的にも極めて厳しい特務工作員の訓練となれば、切羽詰まって異能力を抑えるのが難しくなる場面も増えるが、そのリスクも承知の上だった。


 なにより貴美は良く知っていたのである。特殊部隊や諜報機関の訓練は、根性主義に走りがちな体育会系の鍛錬とは根本的に異なると。

 適性のない候補生をふるい落とすため、計算し尽くされたリスクに基づいて緻密にプログラムされている。

 税金をかけて鍛える訓練生を死亡させたり、再起不能にするリスクも最小限に抑えている。事故が起きれば指導陣や上層部も厳しく責任を問われるため、教官にも有能な人材を揃えて、訓練生の限界を的確に見極めながら訓練を行う。


 第二世代の能力をコントロールできないほど追い詰められることはない、と貴美は判断したのである。となれば、能力を抑えるには絶好の訓練の機会になる。逃す手はなかった。


 でも、あの教官、何かに気づいていたようだった・・・

 貴美は思い出した。

 特務工作員候補への推薦を快諾すると、教官は感心したように笑って、貴美の肩を叩いてこう言ったのである。

「女性には体力的にも精神的にも厳しいぞ、ドレフュス。だが、君ならやり通せるだろう。あの機動歩兵もそうだが、この世には想像を絶する存在がいるものだな!」


 教官の名はマーカスメトカーフ。アメリカ軍の大佐だったわ・・・(*)



 *「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」


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