第13話 第二世代 The Second Generation

 ナラニの言葉に、貴美は思わず涙ぐみそうになるのを堪えた。自分のせいだと思わずにはいられなかった。

「そうなの!?・・・タクの様子も普通じゃないから、誰かがコンタクトしたのは間違いないと思う。あのシンボルを描くのは第二世代しか考えられないもの・・・わたし、タクを行かせるべきじゃなかったって後悔しているの。サンクチュアリに近いのは知っていたのに・・・」


「カミ、前にも言った通りよ。あなたはタクの姉になっただけでなく、第二世代の中でも稀な存在なの。生まれた後で第二世代に進化したのは、過去千年間であなたで二人目よ。それに皆とは違い、ずっと人間社会の真っただ中で暮らして来たでしょう?」

 貴美の心中を慮るナラニの言葉は、限りなく優しい響きを湛えていた。

「特にシティに移ってから、孤立無援と感じているでしょう?それがどんなに辛いか、私たちはよく知っているの。過去に何度も同じ体験をしてきたからわかるの・・・それに、諜報員として過酷な訓練や現場を切り抜けてはいても、弟のこととなれば不安定にならない方がおかしいわ。だから、どうか自分を責めないでね!」

 

 貴美をいたわってから話を続けた。

「今のタクはまだ過去生の自分と融合してないけれど、もし意識が一体化したら・・・」

「どうなるの?」

 貴美は固唾をのんだ。覚醒するタクの意識と過去生ついてナラニから詳しく話を聞くのは初めてだった。

 ナラニの言葉には沈痛な響きがこもっていた。

「覚醒するまで、夢から覚めることができないの。でも、タクはそのための準備どころか、まだ自分の正体さえ聞かされていない。その前に予想外のコンタクトが起きてしまった・・・今のタクが夢に深く入りこんだら私たちには何もできない」

「じゃあ、うなされていても無理やり目覚めさせるのもムリなのッ!?」

 貴美はこれまでになく強い不安に駆られて小さく叫んだ。そんな事態が起こるなんて思いもよらなかった!


 けれども、ナラニはとっくに対応策を考えていた。

「その通りよ。ともかく、最悪の事態を想定して動きましょう。原因は後で調べるとして、今はその夢を見ないよう手を打つのが先決じゃないかしら?」

「夢を見ないようにするのね?それじゃ麻酔薬を使うか、脳の回路を遮断するしかないけれど・・・でも、麻酔薬は続けられないから無理だわ。と言って、普通の睡眠薬は効果が安定しないし・・・」

 貴美は方法を考えあぐねた。副作用の少ない睡眠導入剤はいくつも開発されているが、仕事柄その効果に個人差が相当あるとよく知っている。


「そうね、麻酔薬や睡眠薬は使えないわ。カミ、シティの脳心理研究所を知っているでしょう?あの研究所ならタクの脳の回路を遮断して、夢を見ないようにできると思う。新しい技術でまだ臨床実験の段階だけど、内部情報では効果があるのは間違いないらしいの」

 ナラニはいつだって先の先を見通している・・・

 その手筈てはずの良さにも慣れっこになった貴美は、さして驚きじゃしなかったが、弟を守る希望が湧いてきたとほっとして勢いこんだ。

「脳心理研究所なら知ってるわ!でも、困ったわ・・・あそこはシティ政府の管轄で、私たち民間のカウンセラーにはツテがないの。今日中にタクの処置を頼むには、シティの監督官に頼むしかないけれど、それは危険でしょう?」


「ええ、彼はCIAと米政府に繋がっているから、最大の強敵に悟られてしまうわ。それは絶対にダメね~」

 ナラニは小さく笑って、ちょっとの間考えてから話を続けた。

「・・・脳心理研究所の件はこちらで手を打てると思う。決まり次第、あなたのメールに画像を送るわね」

「わかった、じゃあ着き次第、解読するわ。よろしくね、ナラニ!」

「夢の続きさえ見なければ、タクが自傷する恐れはないわ。ただ、あなたも知ってる通り、タクの覚醒には第二世代の深いコンタクトが必要なの。その前にタクの準備を完了するはずだったのに、なぜこんなことになったのかしら?タクにはまだ事情を教える時期ではないし・・・」


 出会ってから十年、ナラニがこんな愚痴めいた口調になるのを聞いた覚えがない。貴美はまた不安に駆られて尋ねた。

「ナラニ、わたし、不安で居ても立ってもいられないの。あなたまでも手探り状態なのね?」


 第二世代の仲間にはありのままの感情を言葉でも素直に伝えることができた。テレパシーで繋がる度に、互いの感情をそのまま共有し体感してきた賜物である。その繰り返しで育まれた共感と信頼関係は、人類の間ではなかなか体験できないほど深く強い。

「そうよね、不安でたまらないでしょう?私だって同じ気持ちよ。でも、覚えておいてほしいの。タクが覚醒するまでの道のりは、私たちにとって未知の挑戦だって。あなたのような後天的な第二世代も、私には初めての経験だわ。諜報局や特殊部隊の訓練を受けてもらったのも、後で必要になると感じたからなの。手探りでも方向性ははっきりしているから大丈夫よ!」


 ナラニの言葉はいつも深く心に響く。貴美はふっと安堵の溜息をついた。

「そうなの?それを聞いてほっとしたわ。ありがとう、ナラニ」

「サンクチュアリの仲間たちも、あなたに会うのを楽しみにしてるわ」

「ナラニ、話せてよかった!臨床実験の予約が取れたら後はこちらに任せて。ではまたね!」

「カミ、またね。アロハ!」

 ナラニのにこやかな声を耳に貴美は受話器を戻した。

 一安心して、さあ行動開始よと自分を励ますと、素早く縦坑を登って隠し扉を抜けて個室トイレに戻った。

 盗聴や盗撮装置がないか再度確認してトイレから出ると、地下街を抜けて地上へ向かった。


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