第54話 赤き衣を纏いて 青い月の元に 降り立つべし * Prophecy
「ニムエ様の王位継承に、異議のある方がおられないのであれば、貴族会議会にかけて承認を得ることにいたします。言うまでもありませんが、貴族会にはサウロン様の死因は事故で、三か月の喪が明けたと伝えることになりますが、いかがでしょう?」
プロスペロ宰相は、ニムエ王女、王女の叔父デビアス伯爵、そして国防軍を率いるトロセロ将軍の三人を執務室に招いて告げた。
サウロンを敬愛していた将軍は、安堵の色を浮かべてうなずいたが、伯爵は苦虫を噛みつぶしたような顔で宰相を睨んでいた。
カルデロン・デビアスと妻のアドリアーナは、貪欲で迷いと言うものを知らない。欲しい物を手に入れるためならあらゆる手段を使う。罪悪感が欠如したタイプの人間で、
しかし、二人がエメラルド・フォールズから投げ落としたアトレイア公爵は、奇跡的に生き延びていた。公爵をニムエ王女が捕らえて処刑した今、皮肉なことにカルデロンは、自ら持ち出した王位継承の条件に足元をすくわれる羽目に陥った。
ややあって、伯爵は渋々不機嫌そうに声を絞り出した。
「よかろう・・・公爵が処刑された以上、サウロンの仇討は果たされたわけだからな・・・わしとしても、可愛い姪が女王になるとなれば、全力で支えることにしよう!」
心にもない美辞麗句を吐いたカルデロンに、宰相はにこやかにうなずき返すと一同に向かって言った。
「では、ただちに貴族会を招集します。三時間後に会議室へお越しください」
カルデロンは仏頂面でそそくさと執務室を出て行ったが、トロセロはニムエに歩み寄って、片膝をついて新女王の手を取り祝福のキスを贈った。
「ニムエ様、この日が来るのを待ち望んでおりましたぞ。心よりお祝いを申し上げます!ところで、公爵様にはいつお会いできるのですかな?」
「将軍、アトレイア公爵様は貴族会にお見えになります」
プロスペロが見計らったように割って入った。
「おお、そうですか!いやいや、カルデロン殿の手前、笑いを堪えて知らぬ顔をするのに苦労しましたわい!」
将軍はカラカラと豪快に笑って続けた。
「いやあ、まったく運が良かった!罪を被せようとした伯爵殿の策略の証拠が手に入るとは!しかし、考えましたな。処刑すると見せかけて、地下牢に公爵様を隠しておられたとは驚きですぞ!すっかり騙されましたわい!」
あの事件の前、サウロンの様子がおかしかったのは将軍も気づいていたため、プロスペロが国王陛下はご乱心の末に自決なされたと伝えても、それ以上追及もしなかった。生粋の軍人で、細かく考えを巡らせるタイプではなく、村娘の失踪事件とのつながりなど想像もしていない。
この会合に先立って、今朝一番、ニムエはプロスペロを自室に呼び寄せた。ところが、奇跡的に回復したサマエルの姿を目にしても、宰相は驚いた素振りも見せなかったのである。
それどころか「アトレイア公爵様、お久しゅうございます。ご旅行はいかがでしたか?」と、満面に笑みを湛えて言ったのだ。
「・・・と、まあ公式のシナリオではそう言うことになっております。サマエル殿、よくぞご無事で!」
あっけに取られた二人をしり目に、宰相はサマエルの肩をしっかり抱きしめた。
「プロスペロ、お前は知っていたのッ!?サマエルが無事に戻ると」
唖然としたニムエが尋ねると、宰相は思慮深げにうなずいた。
「サウロン様は、わたくしに血の掟の書を委ねて下さいましたので」
「そう言えば、お前はラテン語が得意だったわね。わたしも血の掟の部分なら、両親から聞かされているわ・・・その者 赤い衣を
ニムエが血の掟の一節を引用して尋ねた。サマエルが無傷で姿を現わした時、ニムエが幽霊でないと悟ったのは、この一節を覚えていたからだった。
「それは、何とも分かりかねます・・・ニムエ様、あの書は王位継承者が代々受け継ぐ物。女王になられた暁には、お読みいただくことも可能です。ですが、わたくしはお勧めいたしません」
プロスペロは言葉を濁して、ニムエにやんわり釘を刺した。
「いいわ。その書はお前が預かって頂戴。兄上がお前に託したのにはわけがありそうだから。それに、わたしはラテン語を習っていない。それどころじゃなかったもの!」
「承知いたしました。トロセロ将軍には、わたくしからサマエル様のご無事をお知らせしましょう」
「よろしく頼むよ、宰相。君なら辻褄の合う説明ができるだろう。僕にはとても作り話はムリだ」
サマエルがプロスペロに話しかけた。
トロセロ将軍は当然不審に思うはずだ。なぜ処刑されたはずの公爵がピンピンしているのかと。あの東洋の神秘的な少女タリスの介入は、サウロンの暗い秘密とつながっている。僕が生還した事の顛末は、将軍にも明かすわけにはいかない。
すると、プロスペロはかすかに笑みを浮かべて、サマエルをじっと見つめ返した。その瞬間、宰相はタリスの存在を知っているようだ、とサマエルは直感したのだった・・・
わずか三時間後に行われた貴族会議会には、オパル国内の貴族と主だった豪族が顔を揃えた。プロスペロが手回しよく手配していたのは言うまでもない。その中にデビアス伯爵に連れ添うアドリアーナの姿もあった。
貴族たちも王位の空白が一日も早く埋まるよう切望してきたため、ニムエの王位継承は滞りなく承認された。だが、会議の間中、アドリアーナは殺気だった目でニムエを睨んでいた。爛々と輝く緑色の目は、「今に亡き者にしてやるから!」と、雄弁に語っていた。
けれども、ニムエはアドリアーナの視線を意にも介さず、王位継承の挨拶に立った。
「神のお導きにより、そして、あなた方の力を借りて、亡き兄サウロンが望んでいた通り、このオパルを再び平和で豊かな国に立て直す時が来ました!」
滔々と新女王としての抱負を貴族会の面々に語りかけた。
その姿は威風堂々として威厳に満ちていた。デビアス伯爵でさえ思わず圧倒されて目を見張るほど強烈に、新女王の誕生をその場の全員に強く印象づけたのである。
「ところで、兄は不幸な事故で亡くなりましたが、オパル王家には新しいメンバーが加わります・・・わたくしはもうひとりではありません。兄の遺志を継ぐ伴侶を、この場を借りてあなたたちに紹介します!」
そう言ってニムエが挨拶を締めくくると、貴族会の面々からどよめきが上がった。
「サマエルアトレイア公爵を改めて紹介します」
ニムエがにこやかに告げると、「おおッ」と貴族たちは一斉に驚きの声を発した。一同がとてつもなく面白い冗談でも聞いたように、明るい笑みを浮かべて顔を見合わせる中、
「何ですってッ!」と、甲高い悲鳴を上げたアドリアーナを、カルデロンが慌てて「黙れ!」と小声で制した。
二人の顔は真っ青になった。
無理からぬことだった。広間から会議室に入って来たのは、わずか三日前の夜、地下牢で殺しそこなった瀕死の公爵その人だったのだ。
アドリアーナは、カルデロンにしがみついて目を大きく見張っていたが、不意に白目を剥いて失神した。滅多なことでは動揺しない勝ち気なアドリアーナも、死人が蘇ったという迷信的な恐怖におののいたのである。
伯爵はあわてて衛兵を呼び寄せ、アドリアーナを会議室から運び出させた。
「いやいや、ニムエの即位に婚約と、めでたい知らせが重なったからのう・・・喜びのあまり気を失ったのであろう・・・まことに残念だが、我われは先に失礼させてもらう」
アドリアーナを気遣う貴族たちに白々しくそう言い残し、会議室を速足に出ようとしたデビアス伯爵を、扉のそばに立っていたアトレイア公爵が呼び止めた。
「カルデロン様、お忘れ物では?」
サマエルが差し出した手には、あの飾りボタンが載っていた。帰らざる滝の崖下に落とされた時に握っていたあのボタンが・・・
「い、いや・・・わ、わしの物ではないぞッ!おそらく、アドリアーナが王宮で落としたのであろう・・・サマエル殿、悪いが失礼する」
持ち前の厚顔無恥で横柄な態度もどこへやら、顔面蒼白になったデビアス伯爵は、逃げるようにして会議室を立ち去った。
アドリアーナの失神騒ぎも束の間、ニムエとサマエルに王位継承と婚約を祝って挨拶を述べようと貴族たちが押しかけた。
プロスペロ宰相はその様子を満足げに見守っていた。
*「風の谷のナウシカ」から拝借しました
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