第40話 尋問 Die And Let Live
「な、何のことだ?サウロンは狩猟に出かけて、小屋で休んでいただけだ・・・」
匠は朦朧とした頭をふり絞って、誤魔化し通そうと必死になった。
あの少女の存在を知られたら、彼女が巻きこまれるだけでは済まない。サウロンの秘密も明るみに出て、ニムエの王位継承まで危うくなるのは間違いない。
「そうか、それなら仕方がない・・・アドリアーナ、公爵様に思い出させて差し上げろ」
伯爵が野太い声でせせら笑った。
「承知しました、伯爵様」
アドリアーナはふざけて言うと、針をじわりと刺しこんだ。匠は耐えられずに叫んで懇願した。
「もう、止めてくれッ~!勘弁してッ!頼むから、止めてッ・・・」
「国王がひとりで狩猟に行くはずがないでしょう?何を見たの?正直に白状なさい!そうすれば楽にしてあげる。いいこと、わたしだっ てお前を苦しめたくないのよ。わかるでしょう?」
針を持つ手を止め血まみれの顔を覗きこんだアドリアーナは、不意に猫なで声を出した。
揺さぶりをかける魂胆とわかっていても、もうこれ以上耐えられそうにない。けれども、ここで白状してしまえば、何のためにこれまで耐えてきたのかわからない。
最後の気力をふり絞って叫んだ。
「本当だッ!サウロンは小屋でひと休みしていただけだ。だから、もう止めてッ!」
「あらっ、名うての臆病者のくせに意外ね~、見直したわ!それじゃ、仕方がないわね!」
アドリアーナは甲高い声で笑い、懐からラム酒の小瓶を取り出した。コルクを抜いて一口飲むと、ハァーと満足そうにため息をついた。
「ああ、美味しい!ひと汗かいた後のお酒は最高ね!お前も飲みたいでしょう?」
そう言うなり口に含むと、匠の右手の人差し指を掴んで、突き出した針目がけて吹きかけたのだ。悶絶するほどの鋭い痛みが走った。
ラム酒は消毒に使うほどアルコール分が多い。じわっと傷に染みこんでくる。匠はかすれた悲鳴を上げながら、身悶えせずにはいられなかった。たちまち矢の傷口が開いて血が流れ出し、全身が苦痛の波に襲われる。
「口が聞けるようになったら、素直に白状なさい!でないと、今度は左手に吹きかけるわよ!矢の傷にも塗りこんでほしい?」
アドリアーナは匠の髪を掴んで顔を近づけて冷笑を浴びせる。延々と続く激痛に耳鳴りが激しくなって、その声さえもはや匠の耳に入らなかった。
叫び身もだえするうちに、ようやく右指の疼きが治まってきた。一,二分だったのかも知れないが、苦痛が永遠に続くかのように感じた。ぐったりして激しく喘いでいる匠に、アドリアーナが容赦なく迫った。
「どうなの、白状する気になって?それとも、まだ足りない?別の指に針を刺してあげてたっていいのよ?」
アドリアーナはそう言うなり吹き出した。心底楽しそうに笑っている。拷問の苦痛も恐ろしかったが、アドリアーナの底知れない邪悪さに匠は震え上がった。
本当に死んだ方がましだった。心が揺らいだなんてものではない。早くこの生き地獄を終わらせて欲しかった。
「わかった!わかったから、もう止めてッ!本当のことを言うから・・・」
「やっと素直になってくれたのね。白状すればすぐ楽にしてあげる。いい毒薬があるの。誰にも死因はわからなくてよ。でも、ニムエは自分が殺したと思うでしょうね!」
アドリアーナは一歩下がって腕組みをした。カルデロンも近づいて隣に立つ。
「それで?サウロンは一体何をしていたの?」
ところが、ニムエを引き合いに出された途端、不意に匠の頭が切り替わった。サウロンを殺害したのなら、ニムエに処刑されても諦めがつく。けれども、この腹黒い二人に言われのない拷問を受けて屈服したら、あの少女の命は奪われ、ニムエの王位継承も消えてしまう。村人までが巻き添えになりかねない!
「そんな理不尽な結末を招いてたまるかッ!」
匠は心の中で叫んでいた。
目の前の二人にも屈服しかけた自分にも、かつて経験した事のない激しい怒りが湧き上がったのである。
二人を見詰めながら、言葉を絞り出した。
「・・・サウロンは・・・サウロンは珍しく本を読んでいたよ。確か、汝の敵を愛せと書いてある本だった!」
カルデロンとアドリアーナは、ぼかんと口を開いて言葉を失った。その姿があまりにも滑稽で、一瞬苦痛を忘れた匠は、思わず血まみれの舌をペロッと出して笑みを浮かべた。
二人の表情はたちまち落胆から憤怒に取って変わった。憤然としたアドリアーナはつかつかと歩み寄って、再び匠の髪を掴み激しく扉に押しつけた。
「言うじゃない!まだ、抵抗する気力が残っているなんて驚きね!今のは高くついてよ!」
そして、ニムエがやったと同じように扉を足で激しく何度も蹴りつける。匠は泣き叫ぶまいと歯を食いしばって耐えた。すると、アドリアーナは両手で扉を大きく開いてから、激しく叩きつける様に閉めた。
その一撃で匠はあっけなく失神した。頭を扉に打ちつけた衝撃と全身の苦痛で、あっさり意識が飛んだ。
が、それも束の間、鋭い痛みにすぐ意識が戻ってしまう。今度は、左手の人差し指の針にラム酒を吹きかけられたのである。怒り狂ったアドリアーナは、刺しこんだ針をかき回すように動かしながらゆっくり引き抜く。
とても耐えられずに悲鳴を上げ続けても、容赦なく引き抜いては、またじわじわとかき回しながら刺しこむ。途中で匠が失神すると、アドリアーナはラム酒を使って目覚めさせて容赦なく拷問を繰り返した。
矢の傷が広がり流れ出た血が、ぐっしょりと服を濡らした。凄惨な苦痛を延々と与えられ、アドリアーナが手を休めた時には、匠は胴体を支えているロープにぶら下がるようにして、扉にもたれてぐったりしていた。
「待て、様子がおかしいッ!」
眉をひそめたカルデロンが声をかけた。アドリアーナは、匠の頬を平手で叩いて反応を見たが、匠はうなだれたままピクリともしなかった。
「挑発に乗ってやり過ぎるからだッ!これじゃ、何も聞き出せないゾ!」
カルデロンがたしなめるとアドリアーナは逆上した。
「だったら、あなたがやれば良かったのよッ!だいたい矢で串刺しなんて、ニムエは乱暴過ぎるのよ、だからこんなに急に消耗したんだわッ! 」
伯爵は憮然とした表情で黙りこんだ。さすがのカルデロンも、この若妻との言い争いでは分が悪い。
「もういいわ。ともかく殺して口を封じないと!気づかれる前に抜け出しましょ!」
アドリアーナはラム酒を入れていたポケットから、透明な液体が入った小さな瓶を取り出した。
「だが、王位継承権はどうなる?こいつから秘密を聞き出さないと、あの小娘が女王だぞ」
仏頂面をしたカルデロンが吠えた。
「ニムエなら後で何とでもなるわよ!それより、今度こそこいつの息の根を止めてやる!」
アドリアーナは小瓶の栓を抜いて匠の口元に近づけた。
「こんなに血まみれじゃ、折角のいい男も台無しね!ニムエのことなら心配なくってよ。ほとぼりが冷めてから始末するから、いずれあの世で会えてよ!」
アドリアーナは
ニムエまで手にかけると伝えて、最後の最後までこちらの心もいたぶって面白がっている・・・
力を振り絞って身体を支えた匠は、アドリアーナに懇願せずにはいられなかった。
「お願いだ!ニムエには手を出さないでッ!頼むから、それだけはやめて・・・」
「まあ、泣かせるじゃない。ニムエにこんなに目に遭わされて死んでいくのに、まだあの
罠にはめられたと悟り、匠は絶望のどん底に突き落とされる。したたかなアドリアーナは、ニムエの命を狙うという切り札を最後まで隠していたのだ。
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