第19話 黄金の少女 パート2 Tactical Exposure part 2
「ここは大丈夫なの。だからマスクを取って、お願い!」
達者な日本語だった。それなら話が早い。
「何を言ってるんだ!マスクと防護服を出すからすぐに着けてくれ!」
身を振りほどいて、バイクの収納ユニットから予備の防塵マスクと防護服を取り出そうとすると、その子は片手で僕の腕をつかんで引き止め、もう片方の手で防護服の線量計を指さした。
「見て!」
言われるままに線量計に目をやって、僕は思わず呟いた。
「嘘だろ・・・ゼロなんてあり得ない」
世界のどこに行っても、人工的に遮蔽しない限りお目にかかれない。防具服内側の線量計の値をチェックすると、こちらも0.002μSv/h。こんなのあり得ない!
人体の中にも自然放射性物質はあるし、ガンマ線は身体でも遮蔽し切れないないから、身に着けた線量計までがゼロになりっこないのだ。頭が混乱してきた。故障じゃないのなら、夢でも見ているのか?
「ねっ、大丈夫でしょ!だからマスクを取って!お願い!」
思い詰めた彼女の表情と言葉に心が揺らいだが、シティに住む科学者の卵として、厳しい放射能防護教育を受けている。周辺の線量が何かの原因で急激に下がったとしても、防護服の表面に大量のダストが付着していることには変わりがない。つまり、線量がゼロにはなるわけがない。
だから、機器に何か不具合が生じたに決まっている!衛星通信も不通だから、もしかしたら通信妨害装置が近くにあるのかもしれない。強い電磁波で放射線の計器が故障した可能性だってある。
このままだと彼女が危険だ。ヘルメットを脱げば僕も吸気被ばくする・・・頭がこんがらがって迷っていたら、突然、その子が叫んだ。
「バカっ!わからずやッ!時間がないの、わかって!」
ころっと態度が変わり子供のように
気性の激しい女性は大の苦手だし、こういう風に睨みつけられたりすると、僕はからっきし意気地がなくなる。困ったな、どうしよう・・・迷っていると、彼女の目からまた唐突に涙が溢れ出した。
何なんだ、この子は!?・・・でも、演技には見えなかった。喜怒哀楽が激しくそれを隠さない性格らしい。泣かれるのも大の苦手だから、こうなるともうお手上げだ。
「わかったよ・・・」
心を決めて全面マスクの裾に手を入れ密閉ジップを外した。ヘルメット一体型マスクを脱ぎ口元に着けた防塵マスクも取り、バイクの荷台に載せた。振り返ると、彼女は唇を噛んで
まるで無垢な赤ん坊のように、一心に真っ直ぐにこちらを見ている。そのひたむきな表情に、思わず心が吸い寄せられるのを感じる。すると、彼女はまるで僕の気持ちを感じ取ったかのように、目を瞬かせて不意に満開の薔薇の花のように、晴れやかで幸せそうな笑顔を見せた。怒りはすっかり消えている。
「うれしい!ずっと会いたかったの!」
今度は両手を僕のむき出しの首に回し、胸に顔をうずめる。親に甘える子供のように遠慮なく抱きついてきた。純粋で一途な思いが伝わってくるようだ。僕もそっと彼女を抱きしめ返す。そうするより応えようがなかった。
何だかとても懐かしい感じがする・・・だが、いったいこの子は何者なのだろう?
あり得ない話でも一応尋ねてみようと思った。
「さっき、父上と言ってたよね?」
「だって、そうだもの。父上は忘れているだけだっちゃ」
彼女は顔を上げようともせず、しがみついたまま
「えっ?ねえ、本当に僕が父親だと思っているの?君はだって十六歳ぐらいだろう?・・・僕に子供はいないし二十二なんだよ、あり得ないよ!」
狼狽して口ごもった。やっぱりこの子の頭がおかしいのか、もしかすると自分がおかしくなっているのか、どっちだろうと不安になってきた。
「黙って!いいの、いつかわかるから。もう少しこのまま父上と一緒にいたいの。だって大好きだもん!」
今にわかるって、何がどうわかるんだろう?
でも、僕は黙ることにした。年下のくせにずいぶん高飛車だが、こういう場合、女性に反論したらこてんぱんにやられる。それにこんなに真剣でひたむきな願いに、いったい誰が逆らえるだろう?気が済むようにさせようと思い、そのまま二、三分じっとその子を抱きとめていた。
まるで時間が止まったような感覚を覚えた。どこかで経験したことがあるような、とても懐かしい感覚だった。
「ありがとう。わかってくれて!」
しばらくすると彼女は顔を上げ、両手を離して一歩下がった。あんなに泣きそうになったりいきり立ったりしたのが嘘のように、心から嬉しそうに笑った。
くっきりと可愛らしいえくぼを刻んだ華やかな笑顔を見た瞬間、辺りがぱっと明るくなったような気がする。その子を中心に辺りがきらきらと光っているようにも見えた。
何がどうなっているのかさっぱりわからないままだけど、彼女の心が和らいで自分もとても嬉しい。天真爛漫な彼女が愛おしく感じられて、ほのぼのと幸せな気分になった。
言っていることは支離滅裂なのに、もう彼女の頭がおかしいとは思えない。
「いいんだ、ビビ・・・」
思わず口から漏れた言葉に自分でビックリした。ビビって誰だ!?
ハッとしたのはその子も同じだった。深く青い瞳に涙が滲んで曇り空から差し込む一筋の日射しを受けてきらりと輝いた。言葉が出ない様子で、目を瞬かせながら唇を震わせる。また今にも泣き出しそうになったけれど、息を呑んで涙を堪えると両手を伸ばして今度は僕の頭をしっかり掴んだ。
「やっぱり覚えたっちゃね!うれしい!でも・・・でも、ごめんなさい、こうしなければならないの・・・」
何を言っているのだろう?そう思った瞬間、いきなり頭の中がまっ白になった。言葉のあやなんかではなく、本当に白い光が頭の中にぱっと広がるのをはっきり感じた。何だこれ・・・?
最後に見えたのは泣き笑いを堪えているような切なそうな表情と、群青色の虹彩が大きく広がった鮮やかに澄み切った青い瞳だった・・・
れれッ、バイクが風に流されている!うたた寝しながら夢を見ていたらしい。慌ててハンドルを握り直して、噴射出力を上げてバイクを安定させた。
GPSを確認すると、ほとんどコースは外れていない。疲れが出たせいか一瞬眠りこんでしまったらしい。すぐにモニターでバイクの状態と、周辺の環境放射能をチェックした。山岳地帯を抜けるまでは気を抜けない。放射線量もまだ格段に高い。高度15 mで 250μSv/hを超えている。
ふと見ると、コックピットの足元に土壌サンプルのカプセルが転がっていた。変だな、収納ボックスに入れたはずなのに?
この山岳地帯周辺では高放射線の影響で、頭がぼんやりすると聞いた覚えがあるが本当だったのか?片手で拾い上げたが、収納ボックスは座席の背後で手動操縦中は開けられない。
ハンドルの下の収納スペースに押しこもうとした時、カプセルに入っている土壌の量がいつもより少ないのに気づいた。機械で採取するからいつも規定ラインぴったりなのに、これは七割程度しか入っていない 。おまけにラベルも少し破れて、蓋は閉まっているがシールで封印されていない。
サンプリングマシンの不具合かもしれないな。ともかく、こんな危険な場所に長居は無用だから早く戻ろう。
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(Log off) 17:01 JST
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