第24話 未来

 「あれ? 文化祭って今年から夏になったの?」


 昼休み。


 購買で買ったパンを口に含みながら、後ろの席で卵焼きを掴む優斗に問うた。


 「知らなかったの?」


 非難するつもりはなく純粋にそうだったのかと反応する優斗。


 「うちは進学校だから、秋には三年生たちは受験勉強の真っただ中だし、推薦入試

なんかもうとっくに始まる大学だってあるからね。さすがに考え方を見直したらしい

よ。何十年も続いてた仕組みを今になって」


 相変わらず形の整った顔を緩めて笑う。


 「なるほど…」


 大学か。


 本土にあるこの学校よりももっと遠い場所。島の実家から通うとすれば船を使い、

電車を使って、何時間かかるだろうか。始発で行ったとしても1限には確実に遅れて

しまいそうな距離だろうな、きっと。


 かといって、一人で生活することだってできないし。


 やっぱり俺は、大学には行かずに働いた方がいい。遠方で一人で暮らすなんてあり

えない。職場だって、残業なんか絶対にできないだろうな。


 どうなるんだろう。俺の未来…。


 子供から大人へ近づくたびに、家に帰り着く時間が遠くなっていく。今なんか、船

を一本逃しただけで外泊確定だ。


 「かる…。光」


 「あっ、悪い。ええと、なんだっけ」


 「文化祭の出し物の話だよ。6限の総合学習までに案をちゃんと考えないと戸崎が

突っ込んでくるよ?」


 「あはは…、あいつはイベントごとにも手ぇ抜かなさそうだもんな。まあ、そうい

うひたむきなところは嫌いじゃねえけど」


 「まあね」


 徹夜明けだろうか、眠そうに目をこすりながら廊下を歩く戸崎を一瞥する。


 二人で笑いながら、今度はSNSで話題になった歌手や、人気の漫画について話し

ながら、短い昼休みを過ごした。


 俺も、あいつみたいにちゃんと考えないとな。


 結月は、ちゃんと決めているのだろうか。俺なんかよりもしっかりしてるし、心配

いらなそうだけど、夜にしか起きられないとなると俺以上に絞られるのでは…。


 今日は交換日記の日だっけ。相談してみようかな。






 考えたこともなかった。


 『結月は、将来、何になりたいとかってある?』


 雲一つない夜空。ガラスのように綺麗な星と、お皿のようにまん丸な月。


 「分かんないよ…」


 そんなの、分かるわけがない。


 『今日さ、優斗と喋ってたら受験勉強って言葉が出てきて、咄嗟に考えちまったん

だよな。本土の大学は今の高校以上にずっと遠いし、一人暮らしできないし、そんで

もって俺自身は相変わらずNOプランでさ。結月ならちゃんと決めてそうだから、ア

ドバイス的な? ものをもらいたくて…』


 「知らないし…」


 頼ってくれる、といえば聞こえはいいかもしれない。


 次の一文を見て、やっぱりな、と思わざるを得ない。


 『日輪なんか、もう行きたい大学も決めてるらしくてさ。一年生になったばっかり

なのに、相変わらずのせっかちだよな』


 日輪、という名前が出て、私は利用されていることを再確認する。


 高校受験の時だってそうだった。茜ちゃんと一緒の高校に行くために彼は私に協力

してくれと頼んで、利用した。


 高校一年生。


 こんな呪いなんかなかったら、きっと私だってそうだった。


 329冊目のノートが終わる。


 新しいノートは、いつも光くんが買ってきてくれる。島の文房具屋は私が起きたこ

ろには閉まっていて、だから彼が日中に本土のコンビニで買ってきてくれる。


 いつかその習慣が、ピタリと止まってしまうことに恐怖する。


 「そうだよね…」


 私のせい、だよね。


 大学に行けないのも、仕事の幅を狭めているのも。


 私が全部、悪いんだよね。

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