第14話 お怒り
「ああ、ほうしたもんかね」
リビングで一足早く夕飯を頬張りながらため息を吐く。
「光、頬張りながら口を開くのやめなさい」
母のお叱りに従いながらも、意識は完全に花火大会を断る理由を模索することに集
中していた。
「なんかあったの?」
「いや、何もないよ。『陽の子』だからいつだって元気さ俺は」
「あんたがその言葉を言っときは元気が無い時よ」
図星を指される。伊達に十年以上、母親をやっていないな。父ちゃんにしろ、どう
して親という生き物はこう、子供の感情の機微を見分けるのが得意なんだろうか、な
どと頭の中で感心する。ちなみに『機微』という言葉は国語の授業でたまたま覚えた
ので頭の中でも言ってみたかっただけだが、やっぱりカッコいい。語感と自体がカッ
コいい。結月みたいに難しい言葉を自分の言葉として上手に使いたいな。
…じゃなくて。
「花火大会」
追い詰められた俺は、仕方なく事情を話すことにした。
「ん? 福ちゃんのイベントの話」
「いや、違う。本土のやつ」
「あら…。なんで断らなかったの?」
頭ごなしに腹を立てないところが母ちゃんの良いところだが、妙に落ち着き過ぎて
いるところが逆に怖い。
「嬉しそうだったから」
「女の子?」
「…うん。多分、友達として」
性別を聞いてくる母に、あくまで友達としての関係だからと早口で先回りする。肯定
する時点で照れくさすぎて死にそうだった。
「福ちゃんの誘いも断っちゃった…」
「そうなの…」
さすがに怒るだろうか。花火大会は夜にあるのに、夜に起きれない俺は確実に怪しま
れる。そうなると両家の情報が漏洩してしまうリスクを背負う。
ではどうするか。
「福ちゃんのところに行ったら?」
母は、俺に提案した。
「そんなこと出来ないよ!」
俺は全力で否定する。あんなに嬉しそうにしていたクラスメートの気持ちを裏切っ
て、あとから知った行事に参加するなんてあまりに酷すぎる。母ちゃんは意外とアホ
だったのかと疑いなくなったが、しかし次の言葉で俺は納得した。いとも簡単に説得
された。
というか、どうして自分は最初からそうしなかったのか、とも思った。
「だから、その女の子も連れてくるのよ。島に」
虚を突かれたように固まった俺に、優しく微笑んだ。
「その子から誘ってきたんでしょ? なら大丈夫よ。花火じゃなくて光と一緒にい
たいだけだろうから」
「そんなもんかな…」
一瞬、断られる可能性も考えたが、母のその後押しで、日輪に提案することを決め
た。
「すっごーい!めっちゃ綺麗じゃん!」
7月の第一土曜日。
島についた日輪は、眼前に広がる島と海に興奮した。
「いいだろ?」
ここまで喜ばれると俺も島民として鼻が高い。楽しみな顔をするクラスメートを見
やりながらそう思っていると、急に表情をがらりと変えて、俺とは逆の方を睨む。
「なんであんたもいんのよ?」
「いや、光に誘われたから」
同じくクラスメートの白浜優斗は日輪の剣幕に動じず、自分が来た理由を淡々と答
える。
「そうじゃなくて! …空気よめっての…!」
日輪はかなりお怒りだった。やっぱり花火大会を却下したのがまずかっただろう
か。今どうして彼女がここまで怒っているのか、よく分からない。
「ま、まあ、人数が多い方が楽しそうじゃん?」
威力の弱いフォローをするのが精一杯だった。
「あんたがそういうなら…」
全く納得してないような顔で彼女は優斗を受け入れた。
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