第15話 腹

 イベントには意外と人が集まってくれた。


 壇上に立って開会のあいさつをする主催者、福ちゃんはすごく嬉しそうだった。


 「え~、子供から大人の方まで、お集まりいただき本当にありがとうございます」


 福ちゃんは人前に立つのが意外と弱いタイプで、マイクがキーンと鳴るのに過剰に

驚き必死に出で抑え込む。


 「子供いっぱいいるじゃん。私、子供嫌い」


 日輪が小声で文句を言う。聞いていて耳が痛い俺は聞こえないふりをして福ちゃん

を視線で応援する。


 「お前だって子供だろ」


 「うっさい…!」


 火に油を注ぐ優斗はさすがというべきか、彼女が強く睨みながらも怯まない。


 「しーっ! いま福ちゃんが喋ってんだろ!」


 俺も小声で私語を注意する。


 「出た、真面目くん」


 ふん、と顔を逸らして日輪は黙り込んだ。


 「じゃあみんな、思い切って楽しんでいこう!」


 緊張に染まった福ちゃんの作り笑いに、これまたタイミングよくマイクが金切り声

を上げた。


 「じゃあお前ら、またあとでな」


 最初のプログラムである『釣り』のメンバーを決める。


 大人一人、子供4人の組み合わせだったが、俺たちは同学年だということで各班に

別れることになった。


 「えー。つまんな」


 案の定、日輪がごねた。


 「子供の面倒とかだるいし」


 「お前も子供だろ」


 「それさっき聞いたから。ホンットうざい、白浜」


 「まあ、水鉄砲合戦の時に会えるし、ちょっとの辛抱だろ」


 「…分かった」


 しぶしぶ受け入れて自分の班へと歩き出す彼女。


 大丈夫かな…。


 花火大会からこのイベントを提案していた瞬間は喜んでいたが、自分たちより年下

の小学生たちも多いということを話した途端に不機嫌になった。優斗を誘ったことも

きっと…。


 「俺、やっぱり帰ろうかな。日輪、怒ってるし」


 「いやいや、そんなことねえって! これをきっかけに仲良くなろうぜ! な?」


 少し落ち込んでいるような、平気でいるような顔をしている優斗。変に誘わない方

が良かったかな。優斗にとっても日輪にとっても、迷惑だったかも。


 背中を少し強く叩かれる。


 「光の言うとおりだな。あいつとちょっとは上手くしゃべれるように頑張るよ」


 「優斗…」


 その一声に、靄が掛かり始めた俺の心はパッと明るさを取り戻した。





 「水鉄砲いつあるの~」


 「全然釣れないじゃ~ん」


 小学生の男子二人が、同じ班の大人、福ちゃんと呼ばれる参加者兼主催者に文句を

言う。


 「大丈夫だって、ほら、学校であった面白い話でもしてたら、いっぱい釣れるぞ」


 退屈そうな子供たちに笑いかける大人。


 正直、私も退屈だった。


 学校で、青野から花火大会に行けないと言われ、半ば落ち込んでいた私に提案され

た代替案。最初は青野が住む島に行けると思って楽しみにしていたのに、まさか当の

本人と一緒になる時間がまるで無いなんて。


 グループになるなんて聞いてなかったし。


 こんなに子供ばっかりいるなんてのも。


 さっきの男子二人が大人しくなったと思うと、ひそひそと声が聞こえた。


 なあ、お前あそこのお姉ちゃんに声かけろよ。


 ええ、嫌だよ。お前が行けよ。


 思い出す。


 『また茜ちゃん、休み時間に勉強してるよ』


 『茜ちゃんはみんなに自慢するのが好きなんだよね』


 『そういうところが、ちょっと気持ち悪い』


 ひそひそと、注意していないと聞き漏らしてしまう音量で、机に向かって勉強する

私を非難する声。


がんばって結果を出したところで、大して褒められるわけでもない、むしろ痛いやつ

と思われるけど、あの頃は、何かに向かって頑張ることしかできなかった。


我に返ると、さっきの男子は私に興味をなくしたように、釣り竿に獲物が来るのを退

屈そうに待ちながら他の話題を始めていた。


その瞬間。


「お、一番乗りは綺麗なお姉ちゃんみたいだな」


福ちゃんと呼ばれるおっさんが、私が持っている釣り竿の持ち手を一緒に持つ。


二人で持っていても、竿に負荷がかかる。これはなかなか大きいのではないか、期待

していた。テレビで見るような大マグロほどではないだろうけど、それでも結構大き

めのやつ。


リールと呼ばれる、糸を巻くための部分を慣れた手つきで操作し、徐々に獲物を引き

上げると、水面から影が見えた。


「あれ…」


声が漏れた。


 「よし、釣れた!」


 おっさんの介添えでようやく釣れた魚は、自分が思っていた以上に小さくて…。


 「っはははは!」


 腹を抱えて笑ってしまった。


 「そんなにおかしいか!?」


 お調子者のおっさんも苦笑するほどに、息が苦しくなるくらい笑った。


 「えっ…」


 「あの人…」


 さっきの男子たちも少しだけ引いていた。


 でも、そんなことはお構いなしに、私はただ笑い続けた。


 だって、こんなに綺麗に裏切られたんだし、こんな小物があんなにも重たいだなん

て不思議でしょ。


 「あんたたちも釣ってみなって! 大物みたいに重かったのに実はこんなにちっち

ゃいのかって、ギャップがすごいから!」


 目の前の男子たちに向かって笑いかけると、二人とも照れくさそうに、海の方へと

目を逸らした。


 「さて、今度はもっとおっきいの釣っちゃうよー!」


 さっきから大人しそうにしている女子の頭を軽く撫でて、私も青々と光り輝く海に

目を落とした。


 「その意気だぜ」


 おっさんもまた私に笑いかける。


 『お前、すげえやつだな!』


 入学したばかりの頃、青野に初めて声を掛けられた日から、私はもっと、前向きに

生きてみようと心に決めた。




 「あいつ、やっぱりすげえな」


 次は水鉄砲の企画。


 日輪の周りには小さな子供たちでいっぱいになっていた。


 「えいっ!」


 「ああ、ちょっと後ろからはズルいから!」


 いたずらが好きそうな男子から、大人しそうな女子まで、彼女を中心に盛り上がっ

ていた。


 この構図はいかにも日輪らしい。教室の外でも、すっかり人気者だ。


 しかし、同じ小学校にいた優斗が言うには、小学校の時は孤立していたという。


 二人が通っていた小学校は1学年に1クラス、しかも1クラスに20人くらいしか

生徒がいない。


 そのためか、俺と同じ中学校の校区に家があるのは、そのクラスのうち、彼ら二人

だけ。つまり、過去の彼女のことを知っているのは優斗だけになる。


 「ほら、お返し!」


 「うわっ、しょっぱいから口に入れんな!」


 「へへん! 大人を茶化すなんて十年早いのよ」


 「お姉ちゃんだって子供じゃん!」


 「言ったな~」


 さっき見せた優斗への表情とは真逆の表情で子供たちを相手にする彼女を見て、と

りあえず楽しそうにしてくれたことに俺は安堵した。


 花火大会への不安を難なく解決することが出来た。


 さて、あとはいつも通り門限だとか言って早々に撤収するか。福ちゃんが日輪と同

じ班になってくれたのもこのためである。ここだけくじ引きではなく、俺と福ちゃん

で仕込ませてもらった。


 ごめんな日輪。


 秘密のためだ。


 その時だった。


 「あのっ!」という声が俺の近くで聞こえた。


 俺の母ちゃんより少しだけ若そうな女の人が、どこか慌てた様子で福ちゃんに話し

かけた。


 「翔太が、うちの息子がいないんです!」


 「えっ…」


 福ちゃんが固まった。

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