第16話 いつも

 本土から来てくれた小学生、村井翔太君が、水鉄砲企画を始めてから数分後、突然

姿を消したという。


 時刻はあっという間に17時を過ぎたころ。


 「俺が、ちゃんとみんなに気を配ってさえいれば…」


 主催者としての責任に押しつぶされる福ちゃん。


 「福ちゃんがそんなに抱え込む必要ねえって。ほら、探してるうちにひょっこり見

つかるって」


 「それならいいんだけどよぉ…」


 いつものような元気がない。普段から明るくて行動的な人が元気を失っているのを

見ると、こちらまでそれが伝染してしまう。


 「福本さん、あんまりお気になさらず。元はと言えば私が目を離してしまったんで

すから」


 実際、この場で最も取り乱してもいいはずなのに、翔太君の母は、気丈に振舞って

いた。


 オレンジ色に染まっていく太陽。


 それと共に、酩酊にも似た徒労感が、俺の身体に重くのしかかる。


 でも、帰るわけにはいかなかった。


 命が掛かっている。


 小さな子供の、大きな命が。


 それに、大好きな福ちゃんがこれからずっと自分を責め続けてしまう。今までみた

いに笑わなくなってしまう。表向きでは笑ったとしても、一抹の自責の闇が残ってし

まう。


 両手でそれぞれの頬を叩く。


 「…探しましょう! 俺はこの島に住んでるので、あそこの森の方を調べてきま

す」


 「ありがとう」


 不安に押しつぶされそうな彼女が少しだけ喜びの表情を見せた。


 「優斗と日輪は、港付近のところを探してくれ」


 「分かった」


 福ちゃんが沈んでいる今、俺がしっかりしないと。


 森の方へ歩こうとすると、細くてやら若い手が、俺の手を掴んだ。


 「あんたも、気を付けてね…」


 振り向くと日輪が心配そうに俺を見た。一緒に行きたい、なんて言いださなくてよ

かった。


 「大丈夫だって! あそこの森でどんだけ遊んだと思ってんだよ。余裕余裕。そん

なことより、優斗と喧嘩すんなよ」


 「…しないわよ」


 「じゃ、またあとで」


 俺は、眠気と焦燥に負けないくらい笑顔を見せた後、森の方へと走り出した。


 夏でよかった。


 日が沈むまであと二時間といったところか。


 正直、あの森は数える程度しか行ったことがない。小学校4年生の時に2つ年上の

裕也くんと他何人かで、大人たちには内緒で肝試しをしたくらいだ。それも、手前の

方、木があまり生い茂っていないだけで遊んだ。


 しかし、今は違う。


 もしかしたら、俺が知り得るもっと奥の方、木々が幾本も重なる場所へ歩いている

かもしれない。今も、喉をカラカラにして歩き疲れて、途方に暮れているのかもしれ

ない。


 考えると、足が止まらなくなった。


 そういえば、この森で遊んだ日、帰り道に福ちゃんに怒られたっけ。1つ上の拓真

くんが福ちゃんになら話してもいいやと判断して話した結果、いつもにこやかに笑う

福ちゃんは、本気になって俺たちに檄を飛ばした。


 先生や、親たちに報告こそはされなかったけど、あの時の顔を見て、俺たちはもう

あの森には寄らないようにしたっけか。


 福ちゃんはそれだけ、子供のことを、いや、他人のことを考えてくれているのだ。


 バカがつくくらい真っすぐで、バカがつくくらいお人好しで…。




『『陽の子』だからなんだ! 俺は明るくて元気なお前が大好きだ! なんてな!』


 『もう帰りか? コロッケ食おうぜ! コロッケ屋のおばちゃんが俺とお前にって

よ』


 『制服か! 似合ってんな~』


 『そろそろ彼女の一人や二人、できたんじゃねえのか~、えぇ?』




 福ちゃん。


 いつも笑顔だった。


 本気になって怒ってくれた日もあったけど、普段からずっと笑顔だった。


 あそこまで、子供にも笑顔を見せてくれる人がいるだろうか。


 学校の先生や俺の両親、結月の母ちゃんは、当たり前だが俺たち子供を子供として

みるけれど、福ちゃんは、まるで自分も子供になったように、同じ目線で対等に接し

てくれる。まるで年の近い兄のように。


 子供の俺から見ても少し幼いとか、落ち着きがないとか思ってしまうけど、そんな

ところも大好きだ。


 福ちゃん。福ちゃん…。


 どうか、…どうか…。


 隆起した大木の根に足を引っかけて少し湿っぽい土に倒れ込む。ひんやりと心地の

良い感触が、今は最も感じたくないものだった。


 立たないと、立たないと…。


 辺りは暗くなっていた。


 弱弱しい陽光の下、視界が霞んでいく。


 「あっ、光お兄ちゃん!」


 翔太くん? —子供の声が聞こえたのと同時に、視界が暗転する。


 きっと、自分にとって都合のいい幻聴が聞こえただけだ。


 多分、翔太君はまだ誰にも見つけられてなくて、まだ島のどこかを迷い込んでい

る。


 ごめん。福ちゃん。


 ごめん…。



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