第17話 固い

 「準備できた?」


 「うん」


 目が覚めて、風呂に入って寝汗を洗い流し、急いで支度した。


 太陽が完全に姿を消した時間。


 こんな時間からでも参加していいのは本当に助かる。主催者には感謝しかない。


 でも、途中からやってくる、それも完全に陽が沈んだこの時間に来るのは不自然だ

し、みんなからどんな目で見られるのか、不安だった。


 本土の人もいるらしいから、秘密が漏洩することだってなるべく避けたい。


 第一、同じくらいの年の子なんか、交換日記でやり取りしたくらいでしか関わって

こなかったし、それでも新しく友達が出来る期待はあったし。


 寝起きで頭の中はまだぼんやりしていたけど、心の中は緊張が渦巻いていた。


 外へ出て、門の前に止められていた車に乗り込む。


 ふんわりと花のような、あるいは乳液のようないい匂いがする凛ちゃんの車。他の

人の車に乗るのは初めてで緊張した。凛ちゃんのテリトリーの中にお邪魔するのも、

嬉しいような、落ち着かないような、少しだけむずがゆい気持ちだった。


 「楽しみ?」


 前方を見ながら彼女が私に聞く。運転中だと普段の笑っている目は少しだけ真剣

で、かっこよかったし、この人は私よりも大人なんだなと改めて感じた。


 「…うん」


 目的地へと近づくにつれて緊張する私は、小声で答えてしまう。


 「固いよ」と、私の慄いた声音を笑う。


 「だって、怖いじゃん。昼間は参加しなかった私が、急に出来上がった輪の中に入

るの」


 下を向いて、ぼそぼそと弱音を吐いてしまう。


 「大丈夫だよ」


 求めていた気休めがすぐに返ってきた。


 「結月は優しいから、ほら、それに、夜空に浮かぶ月みたいに綺麗だからな。男子

からデートのお誘いいっぱいくるよ」


 「凛ちゃん、そういう話ばっかり」


 「うっせ。不真面目こそが私の生きがいよ! スピード、5キロ上げちゃうよ~

ん」


 ふふっ、と息が漏れる。


 「教育係がそんなこと言っていいの?」


 彼女らしい言葉に、表情筋が少しだけ柔らかさを取り戻した。


 宿の敷地の砂利に車を止めると、凛ちゃんはドアを開けて外に出る。私もそれに倣

う。


 車の音に気付いたのか、玄関の前に人影が現れた。


 「こんばんは。さっき電話した者ですけど」


 凛ちゃんが近づいて声を掛ける。


 「あら! 待ってたわ! 結月ちゃんよね? 隣の島の、綺麗なお嬢さん」


 明るそうな、お母さんより少し年を取った、おばあちゃんに近い年の女の人が、目

線を少し低くして、私に笑いかけた。


 彼女の横で、慣れない他人に少し怯えながら、うんともすんとも言えずにただ首を

ぎこちなく縦に振る。『綺麗なお嬢さん』を否定できなかったことに少しだけ後悔を

覚える。


 「ほら、もう少しで花火が始まるから、お荷物置いて、準備が出来たらいつでもお

いで。付き添いのお姉さんも楽しんでちょうだい」


 全体的に少し太っている。彼女の明朗さからか、その体型は健康的な印象だ。


 「はーい! ほら、お邪魔しよっか」


 私の手を引いて他人の敷地に足を踏み入れる彼女。


 お母さんもお父さんもいない、家族以外の人たちに囲まれながら、家以外の建物に

入るのは初めてだった。

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