第18話 お姉さん

 外から車が止まる音がする。


 急に倒れたあいつのために、救急車を呼んできたのだろうかと不安になったが、サ

イレンの音が無く、そうではないことが分かった。そもそも、この島には病院などあ

るのだろうか。


 翔太君を探す時に、『余裕余裕』と言い放った青野は、今も男子の部屋で眠ってい

るらしい。


 無事だった翔太君が言うには、青野は急に倒れて、ゆっくりと目を閉じたらしい。


 翔太君の無事に安心した福本のおっさんは、再び不安になるかと思いきや、医者す

ら呼ぶことなく、青野をまるでこたつで寝落ちした子供を運ぶように背負って宿の方

へと歩き出した。


 どうして、と取り乱す私に、「大丈夫」と自信のある顔つきで言い切るおっさん。

いや、自信というべきか、それは確信だった。


 そして私に言った。「見つけてくれてありがとう」と。


 翔太君を探しに森の中へと入っていく青野の顔は、誰から見ても元気だとは言い切

れなかった。部活をしていないから疲れやすいのか、とも思いかけたが、たかが釣り

や水鉄砲をお遊び感覚でやっただけで、あんな、部活の激しい練習をやりきったよう

な顔になるわけがない。


 今までの、あいつの言動と行動を思い出す。


 部活をしない。


 家に早く帰る。


 昼休みに勉強する。


 そして、まるで花火を初めて見たような発言と、花火を断り日中も活動するイベン

トを代替案として勧めた時の、何かを隠しているような表情。


 もしかして、と思いかけて、そんなことがあるわけがないと思い直す。


 現実では絶対にありえない、そんな事があるわけ、ない。


 …しかし、そうとは言い切れないのも事実だった。


 青野のために深く思考していると、ドアが開いた。


 「おお、畳のいい匂い! 布団は敷布団か~。結月の布団とくっつけあって寝れる

ね」


 「凛ちゃんは大人部屋でしょ」


「大丈夫。あそこの女将にバレなきゃね。それに、結月の方こそ一人でも大丈夫な

の?」


 「だ、大丈夫だから…、凛ちゃんは自分の部屋でだらだらやってなよ」


 「ひっでえ言い様。もっとかわいい言葉使いなさい」


 「教育係が上品だったら少しはマシだったかも」


 「あー、言ったな~。…じゃ、また花火の時にね」


 「うん」


 親子、いや姉妹だろうか。20代くらいの女の人と、私と同い年くらいの女の子

が、部屋の隅に荷物をおろしながら楽しそうに会話していた。


 「あ、そこのかわいい子ちゃん!」


 「あっ、はい…私?」


 急にこちらに活発な声が飛んでくる。綺麗な横顔は、当たり前だけど正面から見て

も綺麗だった。


 「そうそう。あんた以外に誰がいるの? 私ら今来たばっかりだからさ、そこの妹

分に声かけてあげてね」


 「もう、凛ちゃん!」


 「はいはい。おばさんはもう出て行くから、ごゆっくり~」


 嵐、とまではいかないが、強風のような騒がしさで喋り、これまたさっさとどこか

へ行ってしまった『お姉さん』。


 なんなんだ、と少々気後れしながらふと横を見ると、妹分と呼ばれた女の子と目が

合った。


 さっきのお姉さんよりも白い肌。首の真ん中くらいの長さの髪。首元の毛先が前に

カーブしている。目がまん丸としていて鼻と口が小さい。


 全体的に小ぶりな印象で、年下にも見える、結月という女の子。


 人形みたいに可愛らしい女の子は、目が合った瞬間、畳に吸い寄せられるように目

線を下げた。


 「あ…え、と…」


 言葉にならない声を発する。さっきの綺麗なお姉さんにあれだけ軽口を叩けていた彼女は、見知らぬ私に緊張しているようだった。


 「さっきの人、お姉さんなの?」


 こういう相手には自分から質問しないとな。まずは途中から来た理由ではなく、彼

女の好きそうな人や物の話から。


 「あ、あの人は、私のお姉さんじゃなくて、ええと…」


 失敗しただろうか、彼女はさらに困った表情を見せる。


 「塾の先生、とか?」


 「そう! そうです! あっ…」


 パッと急に私の方を見る。そして視線はすぐに畳に戻る。


 「へぇ、綺麗な人だね、凛さん、だっけ?」


 「はい」


 少しづつ心を開いてくれるような手応え。この子は本当にあの人のことが好きなん

だな。


 「私の通ってる塾の先生たちはお堅いやつらばっかりだからつまんないな。ああい

う人がいてくれたらいいのに」


 あはは、とぎこちなく苦笑する彼女。


 「名前言ってなかったね。私は茜。結月ちゃん、だっけ?」


 「はい…」


 急に下の名前で呼んでしまうのは馴れ馴れしいだろうか。少しだけ後悔する。


 するとドアが再び開き、この宿を経営するおばちゃんが現れた。


 「二人とも~、花火始めるわよ~」


 「はーい!」 「あ、はい」


 「行こう、結月ちゃん!」


 彼女を外へと促す。


 なんとなく、この子とは仲良くなりたいと思った。


 クラス、いや学校のどの同級生にもない、不思議な魅力があった。例えるならば、

精霊みたいな。バカみたいだけど、直感的にそう思った。



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