第13話 興味

 『それでね、お母さんと仲直り出来たんだ』


 授業中に、ふと、更新されたノートを眺める。


 『潮野さんとも仲良くなれて、今では凛ちゃんって呼べるくらい仲良くなったんだ

よ!』


 文章から結月の笑顔がうかがえる。どんな顔で笑っているのかはまだ見たことがな

いけど、初めて庭で合った時の寝顔を見た限りではきっと綺麗で、優美な笑い方をす

るんだろう。


 「ここの問題を…青野、何にやけてるるんだ?」


 「えっ…」


 先生に名前を呼ばれたことで意識が現実に引き戻される。


 教室の空気に笑い声が響く。


 「青野、花火大会のことで頭いっぱいなんじゃねえの?」


 クラスの男子が茶化す。


 「茜ちゃんと花火大会に行くから楽しみなんでしょ」


 「それ! 二人っきりだもんね」


 周りが勝手に盛り上がる。


 「おい。うるさいぞ。青野、解けるか?」


 先生が一喝し、授業を続ける。


 「はい」


 俺は席を立ち、昼休みの時間を削って勉強した内容を難なく解いた。


 席に戻る時、日輪と目が合うと、彼女はどこか照れくさそうに視線を下に移した。


 ああ、そうだった。


 結月の一件ばかりに気を取られて、花火大会の事、すっかり忘れてた。


 もう結月には相談できないからな。『宵の子』である自分の命を落として、俺を普

通の人間に戻ることが出来る、花火を見ることが出来る。だからこそ、結月を困らせ

るような相談はできない。


 さて、どうしたもんかな。


 交換日記を閉じて、引き出しに入れる。


 島に帰り着き、商店街を歩いていると、漁師の福ちゃんが漁師なのにコロッケ屋の

壁に、何かを張っているのが見えた。


 「よお、光。なんか元気ねえな、どうした?」


 俺に気付くなりいつものように溌溂とした声で俺を呼んだ。


 「ああ、福ちゃんか。何でもないよ」


 「そうか。まあ、日が落ちる前になると眠くなるから、もう眠気が来てるとかか

な」


 「そんなとこ。で、福ちゃんは何を勝手に人様の店に貼ってるの?」


 「おいおい、勝手なもんか」


 20代後半だというのに、学生のような若々しい顔つきが苦笑を浮かべる。この年

の男性はみんな、こんなものなんだろうか。


 「ちゃーんとここの母ちゃんには許可とったぜ。なあ!」


 二階の居間を見上げると、窓からコロッケ屋の先代店主が顔を覗かせ挨拶代わりに

手の平を顔の高さに掲げる。


 「へえ…、さすが」


 福ちゃんの行動力は島の中でも一番あると行ってもいいくらいに活動的だ。スポー

ツマン然とした身体つきと前向きな性格は、俺もそうだが島の人たちも元気をもらっ

ている。一人で突っ走ることもあるが基本的には良い人だ。


 「で、今度は何の宣伝?」


 俺が尋ねると、よくぞ尋ねてくれたと言わんばかりに笑い、説明を始めた。


 「来月なんだけど、急遽、港近くの海水浴場でレクリエーション合宿をします!」


 パチパチと拍手する福ちゃん。


 「レクリエーション合宿?」


 「そっ! この島の子供たちや本土の子供たちも引き連れて釣りをやったりビーチ

バレーをやったり、海だからできることをやり尽くす素敵なイベントだ!」


 福ちゃんは中学生みたいに、目をキラキラさせて熱弁した。


 そんな落ち着きのない成人に対して俺は…。


 「す、すっげえ! めちゃくちゃ面白そうじゃん!」


 彼と同じように目を輝かせた。


 「だろだろ~。近くの旅館の許可も取ってるから夜はそこにみんなでお泊り。もち

ろん、日帰りだってオーケーだぜ!」


 「おお…福ちゃんすっげえ! めっちゃ楽しみだ!」


 心が躍った俺だが、福ちゃんの次の言葉に意気消沈することになる。


「日にち、ちゃんと空けとけよ~? 二週間後の土曜日、7月7日。ちょうど七夕だ

から、覚えやすいだろ? ちなみに海で花火やるからな~。あっ、光は寝てるんだっ

けなその時間。わりい。」


「おう! もちろん! 謝ることないって、花火以外にも楽しいこといっぱいある

し…」


あれ、と心の中で何かが引っかかった。


この不安のような、福ちゃんとの約束を取り付けてはいけない感覚は、一体…。


「ああっ!!」


「おお、どうしたいきなり!?」


「福ちゃん今、2週間後の土曜日って言ったよね?」


「おう」


「それって、第一土曜日だよね」


「そうだけど、お前まさか…」


聞き間違いであってほしかった。


「うん。そのまさか。予定が入ってる…」


クラスメートの日輪茜と花火大会。今まさにそのことで悩んでいる最中だったのだ。


「おいおい、どうすんだよ! せっかく本土の子供たちもお前のコネで来てくれると

思ったのによお~。これじゃあ島民だけの内輪になるだろ~」


「福ちゃん、そんな汚いこと考えてたのか…。とにかく、俺は無理だから他を当たっ

て」


ごめん、と謝り、それからはとぼとぼと帰宅した。




 「それでさー、バイトの子とめちゃくちゃ仲良くなって」


 「へえ、大学生?」


 「うん。肌ピッチピッチで羨ましかったよ」


 「凛ちゃんもまだまだ現役だと思うよ!」


 「その励ましいらない~」


 私のフォローを素直に受け取らずにおどけたように笑いながら、私の回答を採点し

ていく凛ちゃん。


 「また満点か~。頭良すぎるぞこの小娘ぇ~!」


 「あははっ。ちょっとやめて」


 ベッドに座り込む私に急に飛びつき、横腹をくすぐられる。1週間前には想像でき

なかったことだ。正式な教育係になったのは良いけど、母との喧嘩の一件でお互いに

気まずくなるんじゃないかって思った。でも、彼女の授業を受けている間にいつの間

にか普段の調子を取り戻して、あっという間に仲直り出来た。「もうそろそろ、凛っ

て呼んでもいいんじゃない?」と彼女がしつこかったので、私の性格上、年上だから

そのまま呼び捨てにはできず、かといって『さん』付けは嫌だとわがままを言われた

ものだから、間を取って『凛ちゃん』という呼称になった。


 「入るわよ。埃が経つからやめなさい」


 「お母さん」


 母もこうして、紅茶や小さなお菓子を運んできてくれる。相変わらず勉強や行儀に

は厳しいところはあるけど。


 「あはは…すいません、結月からちょっかい掛けてきたので」


 「コラ、嘘つくなー!」


 私は凛ちゃんの顔を指で摘まむ。


 「ほめんほめん」と摘ままれながら笑う彼女。


 「本当に、この子たちは。ちゃんと勉強しなさいよね。潮野さんも、他人のベッド

でふざけない」


 「あっはは…すいません」


 母が退室すると、二人で顔を合わせて笑った。


 採点もひと段落着いたので休憩に入ると、彼女がカバンから何かチラシのようなも

のを取り出した。


 「なにそれ?」


 私が尋ねると、凛ちゃんが少し気まずそうに、しかし伝えたい気持ちもあるといっ

た微妙な顔つきになった。


 「これさ、来月の第一土曜日に、この島でやるらしいんだけど」


 水色を基調とした全体的に明るいイメージを持つチラシの上に、大きな文字で『第

一回・海のレクリエーション合宿』と書かれていた。


 「うん…」


 背景に、黄色い円のようなイラストが描かれている。その円の周りにはくっつきそ

うなくらい近い間隔で短い線のようなものが外側に伸びていて、それが『太陽』だと

気付くのに1秒もかからなかった。


 「夜」と、私の表情を察してすぐに口を開く。


 「花火するらしいんだ。結構用意してくれてるらしいから、一時間くらいは楽しめ

るんじゃない? お泊りもするらしいし、宴会場でビンゴゲームもするんだって」


 「へぇ…」


 少しだけ興味が湧いてきた。夜にしか起きれない私にも、楽しめそうな企画。


 「でも、同年代の人たちも来るんでしょ?」


 「ああ、うん」


 私の言いたいことをたぶん理解してもらえてない時の反応だった。


 島の学校にすら行ったこともない私が、急に顔を出したらどうだろうか。『宵の

子』の情報が漏洩してしまうことも心配だし、何より私には、同年代の友達なんてい

ない。こういうのは多分、仲のいい人たちだけが楽しい思いをする場なんだ、と想像

してしまう。


 「お母さんが、許してくれないよ。こういうのは」


 適当に言い訳しながら、確かにお母さんは外出することを許してくれないだろう

な、と痛感する。「危険だから」という理由で行かせてはくれなさそう。


 母を使ったことで、凛ちゃんだってきっと納得してくれるだろう。


 そう思ったのに。


 「それがさ、このイベント、あんたの母ちゃんにもらったんだよね」


 「えっ?」


 「私が結月を連れて行くなら全然いいんだって」


 「うそっ、あの人が?」


 「家に入る時に言われた」


 意外すぎて言葉が出なかった。こういう砕けた雰囲気の行事には参加させてくれな

い人かと思っていたけど、むしろ参加を提案するなんて思いもしなかった。


 『あんたが、幸せになってくれるなら、私はどうなってもいい』


 母と喧嘩した時に言われた言葉を思い出す。


 「行きたい。行こう…!」


 私は真っすぐと凛ちゃんを見つめて言った。


 友達が出来て、楽しそうにしている姿を見せたい。


 友達が出来れば、お母さんも少しは安心してくれるかも。


 「うん!」


 綺麗な顔をした大人が、嬉しそうな顔で笑った。

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