第12話 嬉しい言葉
「それは本当によかったです」
そうか、あの子、ちゃんと謝れたんだ。
スマホから聞こえる声に、私は安堵した。涙声が少し残っているのだろうか、鼻詰
まりのような、くぐもった声音が聞こえる。娘のために涙を流したんだなと想像する
と、非常に感慨深い。
「潮野さんがちゃんと叱ってくれたおかげでもあるのよ」
「私がですか…?」
この前、彼女の頬を叩いてしまったことを思い出すと胸が痛くなる。
「私、何もしてないですよ? むしろ、大事な娘さんの頬を叩いてしまって…」
正直に打ち明けると、彼女はクスッと笑った。その笑い方は娘とよく似ている。
「私からやられても、きっと腹を立てるだけですし、親しみやすい人から叱咤して
もらったから、あの子も謝ってくれたのかもね」
「それは…」
確かに、彼女からは好かれている自覚はあった。ただそれだけに、少しやり過ぎた
とも思ってしまう。
「私は、親失格かもしれない。自分の大事な娘を、危ないからと、内側の世界に閉
じ込めて、強く縛り付けて、私の望みを一方的に押し付けた。夫や、潮野さん、…交
換日記をしてるお友達の方がよっぽどあの子のことを分かってる」
「そんなこと、ないですよ」
なんて言っても、自分のことを知らない赤の他人、特に私みたいな軽薄な人間から
言われても、分かったような口を利くなと怒られそうだったが、言わずにはいられなか
った。
「娘さんが、あそこまで立派に成られたのも、『宵の子』だから、かわいそうだか
ら、と必要以上に甘やかすことなく、ちゃんと自分の娘だと、それ以上でもそれ以下
でもない、我が子としてきちんと育てたお母さんがいたからだと思います」
「潮野さん…」
「結月にも、届いてると思いますよ。お母さんの想い」
「そうですか?」
「はい! きっと」
「…ありがとう」
今まできつく当たられてきた私だが、そんな人に感謝されると、心が落ち着かなく
なるくらい嬉しかった。
嬉しい言葉は、さらに続いた。
「潮野さん」
「はい…」
あらたまって、彼女は私を呼ぶ。話題を変えるみたいだ。多分、業務的な話。私が
臨時で担当していた期間で結月がどこまで勉強を進めたか、その辺の話だろう。その
進捗を、予定よりも早く準備できた、正式な教育係に伝えられるように。
「正式に決まる教育係の人なんだけど…」
やっぱりそうか。
私は覚悟して耳を傾ける。
映画の続き、また観たかったな。喧嘩別れみたいな別れ方で残念だったな。
小さな悔いが、残る。
まあ、これからは本土の塾の方が家から近いし、いいか。
なんて、ぽっかり空いた空白を無理やり思い出した利点で埋めながらぼんやりと彼
女の話を聞いていると、思いもよらない言葉が耳に届いた。
「いっ…、今なんて!?」
「あ、だから、あなたを結月の正式な教育係として迎え入れようと思うの、って」
「ええっ!! ぎゃっ…!」
行儀の悪い体勢で椅子に掛けていた私は、そのままひっくり返った。
「大丈夫?」
「あ、はい…、ちょっと椅子から転げ落ちたみたいっす」
「あなたらしいわね。これからも、結月をよろしくね」
ふふっと、彼女が笑う。しっかり者で誰にも弱みを見せないような切れ者の彼女に
認められたようで、それがまた嬉しかった。
通話が終わる。
ぶつけた後頭部をさすりながら、天井の照明に向って手を伸ばし、拳を固めた。
「よく頑張ったね、結月」
気付けば、背中も痛い。
コンビニで湿布でも買ってくるか。
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