第20話 田舎者
「あーっ! 負けた!」
小さな火花を弾ませていた球体が地面にぽとりと落ちて思わず声を上げてしまう。
「結月の勝ちね」
軽く笑いながら結月の線香花火を見つめていると、数秒して私のと同じように球体が落ちる。
「あっ、終わっちゃった」
顔を合わせてまた笑い合う。
「結月ちゃんさ」
一息ついて、私は彼女に聞いた。
「好きな人いるの?」
「ええっ! なんで急に、そんな…」
不意打ちのように尋ねると、彼女は分かりやすく取り乱した。
「いや、なんとなく」
言葉の通り、なんとなくだった。結月に聞いているのではなくて、本当は自分の話
を聞いて欲しかったから。
今日みたいな特別なイベントがあった日には、フィクションでよく見かけるような恋
愛をしたくなる。私自身がヒロインになりたい気持ちになる。
「どうなの?」
私は無遠慮に突き詰める。
「ええと…、私、学校には行っ…、じゃなかった。実は、実はね」
落ち着きなく自分の手と手を絡ませて、照れくさそうに言う。
「恋愛、みたいな感情かはどうか分かんないけど、でも、いなくなったら悲しい」
「それが好きだってことでしょ」
「そう、なのかな…」
不思議な雰囲気を持つ女の子も恋愛感情みたいなものはあるみたいだ。結月が、ク
ラスの子と同じような、女の子の顔つきになる。少し耳が赤くて、ソワソワと落ち着
きが無くなる。
「私もね」
ようやく、自分の話を始める。私の方が聞いて欲しいんだから。
「好きな人がいるの。結構、本気、マジなやつ」
笑って誤魔化しながら、それでも内心、ドキドキしている。
「へえ、どんな人?」
まだうっすらと耳が赤い結月が尋ねる。
「ざっくり言うと、子供みたいなやつかな。言いたいことを直接言って、当たり前
のことを当たり前に言ってくる。そこが、すごく好きなんだよね」
言いながら、思い出す。
『日輪さんって頭良すぎない?』
『結構ガチっつうか、かわいいのにもったいないよな』
『勉強とかあんまりしなくてもムカつくくらいに楽々と点とりそう』
『女子の友達もいねえしな』
『かわいいけど実はつまんねえ女だったりして。まあ、俺は全然いいけど。顔は良
いし』
放課後の教室。廊下の方から聞こえる微かな笑い声。呆れたように笑う声。
耳を塞ぎたい、とは思わなかった。
もう慣れてるし、小学校の時なんかは直接咎めるような口調で露骨に、聞こえるよ
うに言われてきたし。
それでも私の心の中を巣食っているのは事実だ。ひしめき合った小さな虫たちが、
かじりつくように。
私はまだ、教室から出ない。意表を突くように出て、何事もなかったかのように
「じゃあね」と言ってやりたかったのに、立ち止まった私の足は、震えていた。
悔しかった。
慣れたなんて嘘を自分に言い聞かせて、本当は何も発言できない臆病な自分から目
を背けているだけだ。
その時だった。
『なんで? すげえじゃん!』
これまた大きな、快活な声が聞こえた。
窓から見える厚い雲を、切り裂くような明るい声。
『あんまり勉強しなくても点とれるって、要領がいいって言うのかな。かっこよく
ね! 他のやつらだって、あいつがすげえから近づきにくいだけで、案外いいやつか
もよ?』
ドキッとした。私を非難する彼らとは別の方向で。
『ああそうかよ。どうせ島育ちの田舎者には俺たちの価値観なんて分かんねえよ』
『バーカ』
『アホ』
ドアの奥の空気が微かにピリピリと険しくなるのを感じた。
そして、青野は怒った。
『なんだとー! うちの島は20時までだけどコンビニもスーパーもやってんだよ
こんにゃろー!』
稚拙な反論に反論になっているのか定かではない反論で返すやり取り。
上履きが床を叩く音。布を引っ張ったような音と、学生服のボタンが落ちる音。
怒った男子の声。
怖かった。
でも、私は…。
『やったなコノヤロー! 島に帰れなくしてや―』
『ねえっ!!』
ガラガラと、スライド式のドアを開いて、声を張った。
勢いよく声を出したはいいものの、なんて声を掛ければいいだろう。
『青野!』
『なんだよ…』
突き飛ばした男子から殴られそうになり、頭を腕で守る彼は、呆気にとられたよう
に私を見る。
心臓が暴れるように動く。震えそうになる声を何とか平常にして、言葉を続けた。
『そう…、そうよ。私が一番、頭いいんだから。それに性格だっていい。少なくと
も本人のいないところで好き勝手言ってるやつらよりかはずっと。じゃ、そういうこ
とだから、さよなら』
私は、さっきから嫌味を言っていた男子三人の、リーダー格の方を軽く睨みつけ
て、その場を後にする。
走りたくて、でも学校から出るまでは強気な態度を貫いていたかったから敢えてゆ
っくりと歩く。それがもどかしい。
校門をくぐり抜けて、校舎の窓から見えなくなったところで、帰路へと走り出す。
今だに胸の中は息が苦しくなるくらいに落ち着かなかった。
心が躍っていたから。
嬉しかったからだ。
『田舎者のくせに…』
それは、5月の日のこと。
離島から来た田舎者、青野光に初めて目を合わせて話しかけた。
心のどこかで下に見ていた存在は、私なんかよりもずっと器の大きい人だった。
ちょっとアホだけど。
それがまた…。
名前のところや詳細すぎる部分は割愛して、できるだけ結月に分かりやすく話し
た。
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