第7話 情けない

 「あっちいな…」


 空を仰ぐと、青い空に分厚い灰色の雲が所々に広がっていた。


 6月の、気温と湿度が重なったこの蒸し暑さに鬱陶しく顔を歪めながら、俺は、橋

を渡り、1カ月ぶりの展望台へと足を運んでいる最中だった。


 あと、ちょうど一か月後に、花火大会が始まる。


 教室で見せた、日輪の嬉しそうな顔。入学当初は、島の人間だとバカにされてきて

口喧嘩もたくさんしたけど、あいつのあんな顔を見るのは初めてだった。友達として

認められたような気がして嬉しかった。


 人を裏切るのは嫌だった。今だって、二度と会わないと親父に約束したのに、結月

に会おうとしている。


 勾配を歩きながら、花火大会を断る理由を探している。


 展望台の小屋にたどり着く。


 テーブルの上に乗ったノートから離れて、まだ一カ月ほどしか経っていないのに、

どこか懐かしくて尊いものに感じられた。


 ノートを開き、ペンを取る。


 開いた瞬間に、新しいページに彼女の文が更新されていることをわずかにも期待し

ていた自分が恥ずかしい。


 首を横に振って気を取り直す。


 中学生になっても国語はまだ苦手だったが、今回は溢れんばかりの自分の思いを正

直に書いたことで、すらすらとペンを走らせることが出来た。


 「ごめん…」


 声が小屋の中で消える。


 きっと俺は、また隣の島からここまで来る。一週間ごとに更新される交換日記の変

化を確かめるために。


 諦めきれなかった。


 そして俺は、展望台を降り、自分が住む島への橋へと足を踏み入れ…。


 踵を返した。


 気付けば、灰色の隙間から鋭い光が頭上を照らしていた。


 行くなら今だと、俺を後押しするように、眩しく輝いていた。


 覚悟する。


 今を充実させるために、未来を犠牲にしようとしていること。


 大きな塀が見えた。


 その塀の空白を補うように構えた堅牢な鉄扉。設置されたインターホンのボタン。


 伸ばした指が小刻みに震える。そのボタンを指一本で押すことは、塀をよじ登るこ

と以上に困難だった。


 俺は、ついに押した。


 俺の家のものと同じ音が鳴り、ぷつ、っと遠くの何かと繋がるような音が鳴ると、

声音だけでも十分に鋭い印象を覚える声がした。


 「はい…、何の用?」


 インターホンにはカメラがついていたらしく、来訪者が俺だと分かった途端、彼女

の声はさらに不機嫌になった。


 「ええと…」


 かっこよく、言いたいことを真っすぐ、ビシッと言って帰ってやりたかったのに、

いざ相手を前にすると気圧されて満足に発言できなかった。もどかしくて自分に腹が

立つ。


 「お話が、あるんですが…」


 我ながらに情けない口調だった。


 きっと、こんな言い方だと門前払いを喰らうだろう。失敗した、とひどく痛感す

る。


 すると、俺の不安を弄ぶように、大きくて丈夫そうな鉄扉が左右に割れるように奥

側へと開いた。

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