第5話 掟
「ねえ! 青野」
昼休み。
教室で勉強していると、クラスメートの日輪(ひのわ)茜(あかね)が相変わらず集中を
邪魔するように話しかけてくる。
「俺忙しいんだけど~」
日が落ちると活動が全くできなくなるため、一か月後に控えた中間テストの勉強を今
のうちにやっておかないといけないのに。困り果てる俺の表情などお構いなしに自分
の要件を一方的にぶつける日輪。
「じゃーん!」
クラス中にも響き渡るような擬態語で、A4サイズの広告を俺に向けて掲げる。
大きくて丸みのあるフォントに書かれた文字と、その背景に移る花の形のような
光。
「まっ、どうせあんたのことだから断るんでしょ。学校終わったら島に直行だも
ん。前に誘った時も、断ったし…」
「お、お前それ…」
俺は震撼した。
広告に人差し指を向けた右腕が痺れるように震える。
「花火か!! 花火なるものか!!」
興奮のあまり、大きな声を上げてしまった。
「ちょっ、あんた大げさすぎ…ウケる」
俺の驚きようがそんなに面白かったのか、日輪が腹を抱えて笑う。すると同時に、
教室中にも笑い声が溢れかえる。
「そんなに笑うなっつーの!」
俺は赤面して、クラスメートたちを見渡す。
「わりい、つい!」
「きれいだもんな、花火!」と男子たちの質の低いフォローが入る。
「ていうかさ」と日輪が口を開き、次の言葉を発すると、俺は、一瞬、固まった。
「あんたもしかして、見たことないの? 花火」
「えっ…」
核心を突かれた俺は、咄嗟に言い訳を考えて口に出した。
「ばっ…バカ言え。アレだ! 単に花火ってやつが好きなんだよ! ほら、すっげ
え、綺麗だし、音とか、匂いとかも、すごくいいんだろ?」
「なんで疑問形なの?」
「とにかく! 俺は花火が大好きなんだよ! 誘ってくれてんだろ!? じゃあ行
ってやるよ! めっちゃ好きだから!」
俺が住む島の、『陽の子』とその家系には掟、のようなものがある。
『陽の子』と『宵の子』の存在を島の外の人間には極力、漏洩しないこと。外部の
人間が知り過ぎると個人情報の漏洩や、医学的な研究の実験材料にされかねない。家
系を汚す行為とみなされる。
だから…。
この秘密は、隠し通さなければならない。
あの島の住民として、俺は秘密を貫き通す!
…なんて意気込んでいた俺は、墓穴を掘った。
「えっ! いいの!!? あんた、学校終わったらすぐに帰っちゃうから門限が厳
しいのかと思ってた!! …へえ、いいんだ」
なんだか思った以上に嬉しそうにしている日輪の顔を見ると、やっぱ取り消し、な
んて言葉は言えなかった。
「他のやつ誘えよ…! なんで俺なんだよ…!」
誰にも聞こえない声で文句を言う俺。
「なんか言った? じゃあ、来月の第一土曜日、17時に集合ね」
「聞いとくけど、一緒に行くの、お前だけだよな?」
「え、あ、うん! 他も誘った方がいいかな…」
「いや、できれば二人の方がいい」
「ちょっと、あんた…! うん! じゃあ、約束ねっ!」
跳びはねるような勢いで小走りし、女子たちの塊に入り込む日輪。それから一分ほ
ど、クラスメートたちの視線がなぜだか俺に釘付けだった。
「あいつ…」
「大胆な奴だなぁ~」
「やっぱ脈あるって」
「ないない。あいつが私のこと…」
妙な空気だな、みんなどうしたんだろう。
とりあえず、二人で行くことになってよかった。
最低限、俺の言動に怪しむ人間をなるべく減らし『陽の子』であることを知られる
可能性を低くしておきたかったからな。
いつもより少し違う雰囲気を持つ教室で、自分が犯した過ちをどう対処するか熟考
しながら、再びテキストに目を通し、勉強を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます