第23話 パートナー候補
「正解だ」
中学からの同級生、白浜優斗が数字やアルファベットを黒板いっぱいに羅列し席に
戻ると、数学教師はさすがという顔を浮かべてニヤリと笑っていた。
ちっ、と俺の斜め前の席で舌打ちする日輪。やっぱりまだ嫌いなんだろうか。
このクラスは、学年でもクラス内でも、ぶっちぎりで頭のいいやつが三人いる。
一人は、いま問題を解き終えた優斗。中学で知り合った時から勉強ができたし、受
験勉強の時はこいつにも世話になった。教え方もめちゃくちゃ上手い。
そして日輪。こいつは言わずもがな。学年中から人気があって、先輩や後輩とも仲
良くする姿をよく見かけ、遊んでそうな雰囲気があるが、しっかりと勉強している。
地頭がいいというのもあるが。
もう一人は…。
「じゃあ、次の問題を、戸崎」
「はいっ!」
無駄に気合の入った声で返事をし、ピンとした真っすぐな姿勢で黒板へと歩き、チ
ョークを黒板に立てる。
力を入れ過ぎて二回くらいチョークを降りながらも、応用問題を軽々と解いた。
「正解だ」
「当然です!」
満面のドヤ顔で教師を一瞥し、ストンと落ちるように椅子に座った。
戸崎(とざき)富麿(とみまろ)。
優斗や日輪と肩を並べるくらいの学力を持っているが、彼らと違ってその頭脳を自
慢するので、クラスの人気はそれほどない。それでも、俺よりも頭一つ分背が高くて
運動神経もいいので一部の女子からは受けがいいみたいだ。顔は、優斗みたいに小綺
麗な造りではなく、鼻が低いのが特徴的だが、高身長がそれをカバーしている。
「ふふん」と必要以上の息を漏らして背筋を伸ばす。
彼のことを好きになる人間と嫌いになる人間はちょうど半々くらいだ。ちなみに俺
は好きな方だ。
日輪に対して思うのと同じ理由だが、俺にはできないことを軽々とできるのがカッ
コいいから、俺はこいつのことを良いやつだと思っている。
面と向かってそれを言った日からだろうか、あいつは問題を黒板で解いた直後に必
ず笑顔で俺を見る。授業参観で母親にアピールする息子のような顔で俺を見る。褒め
られると有頂天になるタイプなのは鈍感な俺でもよく分かったが、まさかここまで単
純なやつとは思わなかった。
しかし俺は、それを面倒だとは思わず、ただ裏のない良いやつだな、という印象を
持った。
そんな、いつもは溌溂としている彼だが、今日は少しだけ眠そうな顔をしているの
が、少し気になった。
少し肌寒い季節になると、部屋の中で眠るようになっている。
目が覚めると、月明りが差し込む窓が見えた。
「夢じゃ、ないよね」
昨日の出来事には、独りごちるほどに衝撃を受けてしまった。
凛ちゃんと勉強を始めた数分後に、お母さんが私を呼び出してリビングへと連れて
行く。ドアを開けると、いつもはソファの上でだらしなく寝そべっているお父さんが
背筋を伸ばして姿勢正しく座っていて、その向かいには私と同じくらいの年ごろの男
子もまた、お父さんに倣うように姿勢正しく座っていた。
見知らぬ彼は私に気付くと、むくりと立ち上がる。私なんかよりもずっと背が高く
て怖かったけど、内面からは凶暴性を全く感じられなかった。
「初めまして、私、本土の高校に在籍してます戸崎富麿と申します。夜分遅くにお
邪魔しております!」
優等生然とした溌溂な態度と言葉遣い。俺でも僕でもない、わたくし、という響き
にただただ圧倒される。
「あ、よろしくお願いします」
私は呆気にとられながらも最低限の礼節に徹する。
一体何なんだろう。口を挟まない方がいいと思いながらも、その疑問だけを声にし
たくてたまらなかった。
夜分遅くにお邪魔してきた謎の来訪者。それも教育係や祈祷師のような系統ではな
く、『宵の子』とは無関係にしか見えない人間を訝しむ私に、お母さんは説明を始め
た。
「戸崎君は、今さっきも言ったように本土にある進学校に通ってるのよ。あの辺で
は一番偏差値の高いS高校に通ってて、成績も上位で生徒会とかにもがんばってるの
よ」
「へえ」としか言えなかった。
だから何なんだ、と思いながら、ああ、この人が新しい教育係なんだろうかとぼん
やりと考える。
しかし、その考え方には無理があったことにすぐに気付いた。彼は高校生で日中は
学校にいる。しかも夜に船で島まで来て私に勉強を教えて本土に戻る。彼にだって将
来があるのに、夜遅くまで他人の勉強のために割く時間は無いだろう。
じゃあ、何が目的でこんなところまでやって来たんだろう。何となく、ほとんど無
意識では分かっていた。
歳の近い男の子。
「僕は、大学を卒業したら県職員になることが目標で、この島のことも今のうちに
知っておこうかなと思っております!」
彼は何かに追われるように来訪の目的を訴えた。
嘘だ。
私は直感した。
「この子と仲良くね」
「…うん」
この人は、お父さんとお母さんが連れてきた。
私のパートナー候補。
もっと言うなら、許嫁。
その言葉を思い浮かべた途端、イイナズケ、という響きが頭の中にこだまして、つ
い笑ってしまいそうだった。
だって、そんなのって…。
今の時代、小学生が覚えたての言葉として冗談交じりに扱うくらいにしか声になら
ないその言葉が、私の胸には鋭い現実として突き刺さった。
同時に、光くんの後ろ姿が遠ざかっていく様子を想像してしまった。
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