第27話 胸が
「はあ!? あんた急になに決めちゃてくれてんの?」
目の前に立つ男の発言に、私は仰天した。
「うん! 青野君に提案したら、いいんじゃないか、って言ってくれたんだ」
「あいつが? だって、そんなのって、そもそも実現するの…、いや、性格の相性
とか、そういう問題じゃなくて」
そういう問題もあるけど、それ以前に第一…。
言いあぐねている私に、戸崎富麿が言い放った。
「『陽の子』なんでしょ? 青野君」
「えっ…」
「結月さんのお母様が教えてくれたんだ。そういう人もいるって。教育係の人たち
は結月さんの事情だけでなく、対となる『陽の子』の話もしてくれるんだ」
「教育係って、あんたは凛さんと同等ってこと?」
「まあ、そうなるのかな」
屈託のない笑みを浮かべる戸崎。相変わらず空気の読めないところに腹が立つ。
「それでさ、僕たちがそれぞれを見守ってたら大丈夫だと思うんだ」
戸崎はそれがいかにももっともらしい理由であるかのように私に説いた。
「だから、なんだって私が…」
「好きなんでしょ? 青野君のこと」
「はあっ!?」
身も蓋もない露骨な物言いに、私は図星を指された。
「何となくそう思ってたし、クラスの人たちも二人が仲いいって噂してたからさ」
「っ…!」
こういう、愚直で他人のことに興味のないような奴に限って、時折、鋭い直感のよ
うなものを働かせる。
「後は、結月さんの許可をもらうだけ」
「ちょっと! 私はまだOKだなんて一言も…」
「ダメなの? 日輪さん的にも良い話だと思ったのになあ…」
「…分かったわよ」
勿体ぶった態度で、口車に乗せられたようで腹が立つけど、そう、私にとってはこ
れはチャンスでもあった。
あいつが、青野が、ちゃんとこの先の現実を見れているかを知るチャンス。それで
いて、その先の現実に私が入るためのチャンス。
結月は、どうなんだろう。
あいつのことを、どこまで知ってるんだろう。
交換日記をしていたことには驚いた。それが、中学の受験シーズンの時には、ノー
トが200冊以上を越えていることにも驚いた。
ほんの三年余りの関係と、300冊以上のノートの厚み。
私の不利を覆すのは、二人は同じ時間に覚醒していられないという、たった一つの
現実。
結月にとっては酷な現実は、私にとっては天から与えられた恵みのように思えた。
「おーい、光?」
「ああ、福ちゃんか」
「おいおい、俺をそんなわき役みたいに扱うなって。お前が主役の漫画なら俺は多
分結構重要な立ち位置だぞ?」
「…」
「家の飯は?」
「まだ作ってもらってない」
「ラーメンでも食ってくか?」
福ちゃんが商店街のラーメン屋の方を親指で指しながらやんわりと笑う。
俺は黙って頷き、一緒に歩いた。
「落ち着いたか?」
「まあ、さっきよりは」
大盛りのラーメンと替え玉を3杯食べて、ようやく一息つく。
「そっか、良かった良かった。若人を元気にするのが俺の仕事だからな」
いつものように調子の良いことを朗らかに喋る福ちゃん。
「でもまあ、まだ終わったわけじゃねえだろ?」
「ああ、うん」
ありがと、と小さく礼を言うと、にっこりと彼は笑う。
しかし、気持ちは晴れない。
展望台に上る。
俺の方がずっと前から関りがあるのに。
あいつは、母親にも気に入られて、むしろ教育係として快く歓迎されて、家に入っ
て、結月と目を合わせて、結月と声を交わして。
「っ…!」
『光くんも聞いたよね? 富麿くんたちと4人で遊ぶ話』
ノートの上の丸い文字は、弾んでいるように大きくハッキリと綴られていた。
『まあでも、私たちは交代で寝ちゃうから実質3人で遊ぶようなものなんだけど
ね。ていうか、どうやって遊ぶんだろう。富麿くんって結構勢いだけのところありそ
うだから』
ページの表面に、蜘蛛のように指を5本広げて乗せると、俺はそれを一気に中央へ集約した。
されるがままに力を加えられたページは、ひびが入ったようにシワができ、親指は一枚の薄っぺらい紙を貫通した。
怒りで、息が苦しくなった。
4人で遊ぶ話もそうだが、『富麿くん』という文字を見るだけで胸が張り裂けそうだった。
しわくちゃになったページに、涙が数滴、間隔を空けて零れ落ちた。
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