第26話 結月にだって

 「青野君」


 クラス展示の内容が決まってから2週間が経つ。放課後、その準備をしていた俺

に、戸崎が何かを心配するような面持ちで声を掛けてきた。


 どこか作業に間違いがあっただろうか、と俺は勝手に焦っていると、展示の準備に

関することではなかった。


 「ちょっといいかい?」


 「あ、ああ」


 教室のドアの方を指さし、俺を外へと促す。準備に関することならこの場で注意す

るだろうから、一体何なんだろう。俺の方が不安になってくる。


 もしかして、この間の女子たちの陰口が聞こえてたとか?


 それを気にしないようにして来たけど、精神的に限界を迎えたから俺に相談しに来

た、とか?


 しかし、そのどちらでもなかった。


 「僕、好きな人がいるんだ」


 初夏のじんわりとした暑さを纏いながら、反応に困った。


 この手の相談は初めてだった。


 俺の人柄なのだろうか、他人からこうして相談を受けるタイプではなく、どちらか

というと俺の方が相談を持ち掛けることが多い。結月や優斗、日輪など、頭のいい人

種と一緒にいるからかもしれない。


 「マジ!?」


 相談を受けた俺は、嬉しい気持ちだった。単純で子供っぽいと揶揄されることもあ

る俺だが、とうとう相手からこうして大事な相談を持ち掛けられるほどに成長した。

しかしまあ、緊張する。


 「どんな!? どんな人?」


 嬉しさと緊張から、こちらの方が逸ってしまう。そんな俺の不自然な感慨を特別気

にすることなく答えた。


 「なんかこう、透明な人だったな。うっすらと光る、まるで月みたいな」


 「ほえ~」


 傍から見たら阿呆のような呆けた顔で間の抜けた声が出る。


 月という単語から俺は反射的に交換日記の相手を思い浮かべる。丸顔にふわふわと

柔らかそうな髪。優美に口を引き結んだあの寝顔。ノートに書かれた女の子らしい丸

文字。


 思い出した瞬間に、そわそわと心が落ち着かなくなる。


 俺にだって、好きな人はいるんだな。『陽の子』でも健全な男子の心があることに

安心する。


 その安心と、彼女に対する浮ついた気持ちをことごとく吹き飛ばしてしまうことに

なるとは、この瞬間の俺は知る由もなかった。


 「へえ。出会いは、どんなだったの?」


 さらに、戸崎が思いを寄せる女子について尋ねると、再び彼の顔が緩やかに綻び始

める。本当に嬉しそうだ。


 「親の紹介で、出会ったんだ」


 「そうなんだ! 思わぬところから良い縁が引き寄せられたもんだな!」


 「あはは。やっぱり青野君に相談して正解だったよ。親の紹介ってだけで偏ったイ

メージ持たれるのが怖かったから」


 「そうか~? 別に普通じゃね?」


 「君は本当にいい人だね」


 「よせやい」


 少しだけ顔ガニやついてしまう。やっぱ単純だな、俺は。


 「で、写真とかあんの?」


 「あ、一応。親同士で共有したのがあって」


 「お見合いみたいだな。これは脈あるぜ、たぶん!」


 「照れるからやめてよ。…これ」


 「どれどれ…」


 なんで、こんなことを聞いてしまったんだろう。


 知らないままでいる方が、幸せだったろうに。


 「あっ…」


 鼓動が、早くなった。


 「彼女、青野君と同じ島に住んでるらしいよ? もしかして、知り合いだった?」


 「ああ、まあ…」


 丸顔の、両目を閉じた女の子は、この写真の中では、俺が中学生の時よりも少し大

人になっていて、大きくて丸い二重の双眸を開き、ぎこちない笑顔でこちらを見てい

た。


 健全な男子の心があるがゆえに、自分の中の核のような部分に、ナイフのような鋭

利なものが深く、それはもう深く突き刺さるように俺の心を抉った。


 「…したいんだけど、どうかな?」


 「ああ、いいんじゃねえか」


 慌てて平静を装う。話を聞いていなかったが適当に返事をした。


 もう、こいつの話を聞いてやれる気力は無かった。


 そうだよな。


 結月にだって、好きな男くらい。


 こっちが一方的に舞い上がっているのが、バカみたいだった。

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