会えない二人の交換日記

ヒラメキカガヤ

プロローグ

 よく晴れた夏の朝。


 「行ってきまーす」


 高校二年生の俺は、玄関前のフックに掛けてある船の定期券を取り、本土行きの船に乗るため港へと歩き出した。


 クラスメートからは渡航通学、なんて言われるのは今でも少しだけ恥ずかしい。でも実家を離れるわけにはいないから仕方がない。


 本土の港から新幹線で二時間の土地には叔父が住んでいるが、本土の港から徒歩数分で通学できる学校があるのだから無理して離れなくてもいいだろうというのが家族の見解で、俺もなるべく実家を離れたくなかった。


 正確に言えば、遠くへ行きたくなかった。


 「あった」


 港にたどり着き、まずはコインロッカーからノートを取り出す。三十個もあるコインロッカーを使用しているのは、いつも『俺たち』だけだ。


 「一週間ぶりだな…」


 単行本の新刊を開くような期待感でノートの更新されたページを見る。


 かわいらしい、まん丸とした文字が途切れるまで余白を余すことなくびっしりと書き綴られていた。


 ここまで書いてくれると、やはり嬉しい。


 「使いすぎなんだよな」と一笑し、俺はノートをカバンの中に入れて、折よくやってきた船に乗り込んだ。


 このノートもあと三ページ。これが終わったら329冊目。


 放課後と昼休みを使って、先週あったことをたくさん書こう。


 カバンの隙間から覗いた『№329』と書かれたノートに視線を注ぎ、窓の外の海をぼんやりと眺めた。

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