第19話:ハインリヒ将軍
「申し訳ありません、全て私が独断でやった事でございます。
この命で償わせていただきますので、どうかお許しください」
この副官は俺に謝っているのか、それとも将軍に謝っているのか。
どちらにしても俺には関係のない事だ。
最初にこの身勝手な副官を殺して、次に将軍を殺す。
今この場にいる程度の皇国軍なら、皆殺しにするのは簡単だ。
態勢が不利になったら、オードリーの魔術防御を利用すればいい。
オードリーの魔術防御と連携する戦い方は何度も練習しているからな。
「閣下、ハインリヒ閣下がお謝りになる必要などありません。
全て私が独断でやった事でございます」
直ぐに皆殺しにしてもいいが、将軍の性根は確かめておくか。
一癖も二癖もありそうだが、利用し合えるかもしれないからな。
「配下の者がやった事は全て俺の責任だ。
それが例え無理矢理押し付けられた貴族の子弟でもだ。
まして俺が任命した副官の不始末から逃れる事はできない。
それに、お前は俺の片腕だから、殺させるわけにはいかない」
ほう、なかなかの気概ではないか。
その場逃れの嘘や、人心掌握術の嘘でなければな。
「その証拠と詫びに、これを受け取ってもらいたい」
将軍はそう言うと誰も止める間もなく左手を斬り落とした。
鎧と手甲のすき間、左手首の関節から先を斬り落とした。
「閣下ぁアアアア」
やれ、やれ、こんな風に詫びられると許さない訳にはいかないな。
同時に、副官には釘を刺しておく必要がある。
性根の腐った奴は逆恨みが大好きだからな。
「おい、アンドレアス、将軍から受けた恩を忘れるなよ。
お前の身勝手な行動が、将軍の手を失わせたのだ。
もしこれから将軍が直接戦わなければいけなくなった時、敵に後れを取るようなら、それはお前が手を斬らせたせいだ。
お前が本当に責任を感じているのなら、二度と将軍に無断で事を進めるな。
そして何があっても将軍の側を離れず、盾となって先に死ね。
絶対に将軍より長生きするんじゃない」
さて、こう言っても逆恨みする奴はオードリーのたちを襲うだろう。
そんな身勝手な奴は掃いて捨てるほどいる。
だが、まあ、少なくとも直接は襲ってこないだろう。
こういう奴は、執着する人間の側にいるための言い訳を欲している。
これからは、手を斬らせた責任を取ると言って、プライベートまで一緒にいようとするだろうから、主従間に亀裂が入る可能性もある。
それにしても、将軍は強かだな。
自分が最も信頼する手駒を失わないために、自分の手を斬り落とした。
だが、肘からではなく手首からだ。
剣を持つことはできなくなったが、剣を左前腕に固定する事はできる。
盾も持てなくなったが、剣と同じように左前腕に固定する事はできる。
なにより回復魔術スキル持ちに知り合いがいれば、手首の再生は可能だ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
この軍の将軍に任命されている、ハインリヒ・ハイムブルクです。
今までアンドレアスが約束していた事はすべて履行させていただきます。
ですが、こちらが出した条件はすべて忘れてください。
このような無様、皇帝陛下の軍隊として恥さらしでしかない事を繰り返しておいて、こちらから条件を出すような真似はできません」
さて、本気で言っているのなら好都合なのだがな。
「では、将軍閣下の権力でこの国から出ていく許可をいただきたい。
私だけでなくシスターたちもです。
性根の腐ったお貴族様や副官殿に、逆恨みで狙われるのはご免ですからね。
将軍閣下がどれほど約束してくださっても、陰に隠れてやる奴はいます。
将軍閣下が手を斬り落とすほど信頼されていると思って、何をやっても許されると勘違いするような輩は、結構多いですからね」
「私を信用できるか試すために、わざと挑発されているのですか。
ここで怒り出すようなら、確かに狭量な心の持ち主でしょうね。
そこまで言われる原因を自分で作っておいて、逆恨みするのですから」
将軍を悪く言われて俺を睨んだ副官を、遠回しに注意しているのだろう。
直ぐに怒り出すような短気な奴ではないようだが、副官をとても大切にしてる。
副官を護るためなら、平気で他の人間を見捨てるかもしれない。
それを確かめるためには、ここで将軍と戦う必要がでてくる。
多分勝てるだろうが、そこまでやるのは損だな。
それよりは、他国へ逃げる手助けをさせた方がいい。
「では、そこで睨んでいる器量小さい奴は無視して、話しを続けましょう。
まずは約束通り、皇国軍の補給品をいただきましょう。
副官はシルバーリザードを斃すまでの補給品をくれると約束していました。
だから往復と戦闘で必要になったであろう量の補給品をいただきたい。
それと、シルバーリザードの討伐に同行しろというのと、魔術防御で皇国軍を護れという要求は撤回してもらいます」
「そんな要求をしたのだな、アンドレアス」
「はい、その通りの要求をしました、将軍閣下」
そう直立不動になって返事をする副官の目は、将軍の左手に釘付けになっている。
自分のせいで斬り落とすことになった左手の事が気になるのだろう。
その恨みを向ける相手は、俺にしろよ。
絶対にオードリーたちに向けるんじゃないぞ。
もし向けるようなら、今度は将軍の左手首ではなく首を斬り落とすぞ。
ふむ、ここは俺に意識を向けさせる意味でも、厳しく脅しておいた方がいいな。
「では直ぐに補給品を渡させていただこう」
「そうして頂ければ、もう貴男の配下が卑怯下劣な後ろからの不意討ちをした事も、約束を破ろうとした事も、目障りな貴族を殺してくれという謀略を手伝ったのに、無理無体な要求をした事も、全部水に流しますよ、将軍閣下。
でも、これからまた約束を破ったり卑怯下劣な真似をするようなら、今度は手首ではなく首を斬り落とさせていただきますよ」
まあ、俺が左手を斬り落としたのではなく、本人が斬ったのだけどな。
やれ、やれ、また副官が俺を殺さんばかりの殺意を向けてきた。
副官だけでなく、他の軍幹部も俺に殺意を向けてきた。
だがこれで、すべての恨みは俺に向いただろう。
後は逆恨みでオードリーたちを狙う事が心配だが、直接の恨みよりはマシだろう。
「ああ、それは当然の話しだな。
二度も皇国軍が孤児たちや孤児たちを護り育てるシスターを狙ったのだ。
二度目は直接狙ったのではないが、護りの中に入れろと要求したのだ。
いつでも殺せる状態にさせろと命じたのだから、命を狙ったも同然だ。
皇帝陛下の軍が、孤児とシスターを護らずに殺そうとした。
こんな恥さらしな真似をして、生きて行こうとは思わない。
冒険者殿に殺される前に、自分で命を絶つよ」
副官も軍幹部も真っ青になっているから、口にした事は必ず実行するのだろう。
これで、将軍に心酔している連中は俺を狙わないだろう。
だが、これは、してやられたな。
こうなったら、殺し難い将軍を直接狙うのではなく、シスターたちを狙う方が楽。
そう思う将軍の敵対者もいるだろう。
思っていた以上にしたたかな奴だな。
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