第12話:ダンジョン生活

 この国の冒険者になってから三十日。

 ダンジョンに逃げ込んで十日が経っていた。

 最初俺は一人で低層に潜んで暮らしていたのだが、徐々に同じように地下一階層でお茶を濁そう、時間稼ぎしようという連中が多くなっていった。

 このままでは冒険者同士の争いに直結する可能性も高く、皇国軍も地下一階層くらいなら躊躇わずにダンジョンに入る可能性が高い。


「こんなに一階層にいたら皇国軍がダンジョンに潜ってくるぞ。

 それに、同じ冒険者同士で盗った盗られたの争いが起こる。

 少し深く潜っても大丈夫な連中は、二階三階四階まで潜った方がいい。

 そうしておけば、もし皇国軍が潜ってきた時にも、低層の連中が先に殺されて、逃げる時間を稼ぐことができる。

 無理に危険な所まで潜る必要はないが、美味い食材が狩れるくらいまでは潜ろう」


 俺は一方的に大声で話すと、返事も聞かずに地下二階に移動した。

 別に俺は他人を自分の思い通りに動かしたいわけではない。

 彼らがどう考え何を選ぼうが、彼らの自由だ。

 例えその選択が死に直結していようと、それも彼らが選んだことだ。

 だた、自分の良心に恥じないように、伝えるべき事だけはちゃんと口にする。

 後で悪夢に悩まされないためにも、言っておかなければならない。


 俺は魔獣や魔蟲を狩りながら、慎重に地下二階を進んでいった。

 単純に一階層だけ深く潜りつもりはない。

 他の冒険者に話したように、皇国軍が潜ってくる可能性に対処しておくのだ。

 最初にダンジョンに潜れと言われてから十日が過ぎている。

 もう新たに冒険者がダンジョンに入ってくる事もなくなった。

 そして肝心のシルバーリザードはまだ狩られていない。


 狩りを命じた大貴族はそろそろ我慢できなくなってきているはずだ。

 大貴族ほど、こらえ性がないワガママな人間が多い。

 ダンジョンに送り込む冒険者がいる間は、表向き皇室の家臣である皇国軍を、身勝手にダンジョンに送る事は我慢するだろう。

 だが、もう送り込む冒険者がいないとなれば、皇室の家臣でも自分の道具のようにあつかう権力者がいる事を、俺は知っている。


 あくまでも、今回の身勝手な命令を下した権力者が没落していない場合だ。

 政敵に攻撃されたいたり、皇帝や皇族に排除されたりしていない場合だ。

 そして皇国軍がダンジョンに潜る場合も、指揮官の性格によって二つの可能性があるのだが、どちらにしても五階層ぐらいの端に隠れていれば大丈夫だ。

 今の俺の実力でも、五階層ならソロで生き残る事ができる。


 もし皇国軍の指揮官が皇帝や皇室に忠実で、権力者の命令に形だけ従うのなら、地下一階層や二階層に兵を展開させて時間稼ぎをする。

 だがもし指揮官が皇帝や皇室ではなく権力者に忠実なら、低層階で時間を潰すことなく、最短距離で最深層部まで潜り、シルバーリザードを狩ろうとするだろう。

 冒険者ギルドには詳細なダンジョンの地図があるのだから。

 だからどちらにしても、地下五階層の端でキャンプを張れば安全だ。


★★★★★★


 俺が五階層にまで潜って五日が経った。

 深く潜れがそれだけモンスターが強くなるが、その分価値のある素材が手に入る。

 なにより食べると美味いのがいい。

 まあ、もっと、所詮は浅層のモンスターだ。

 一階層よりは価値はあるが、狩っても小銭にしかならない。


 俺は魔力が全くなく、生活魔術すら使う事ができない。

 だから公爵家に伝わる容量の多い汎用魔法袋に蓄えた水を使う事になる。

 普通の冒険者ではとても手に入れる事のできない魔法袋で、恐ろしく高価だ。

 だが、それでも、無尽蔵になんでも入れられるわけではない。

 なによりこんな事になるとは全く思っていなかったから、いつも通りの物しか入っておらず、水だけを大量に入れているわけではない。


 それに、これが一番の問題なのだが、俺がこんな高価な汎用魔法袋を持っている事を誰かに知られてしまったら、確実に殺されてしまう。

 売れば捨て値で売っても百億にはなる汎用魔法だ。

 個人やパーティーで奪いあい殺し合ってくれれば、それを利用にて逃げられる可能性もあるが、売って金にして山分けする事を考えられたら終わりだ。


 だから汎用魔法袋を持っている事を知られないように、水は最低限しか使わない。

 身体を水で拭う事もしないし、歯を磨く事も髭を剃る事もしない。

 だから汗臭く男臭い状態で我慢しなければいけない。

 食べるのもラットやコックローチを焼いたモノだけだから、野獣臭くなる。

 それこそ地底人か山賊かと思うような姿になっている。


 さて、俺以外の冒険者たちはどのような状況になっていのだろうか。

 水魔術のスキルを持つ者がいるパーティーなら、飲料水を確保できる。

 魔法袋スキルを持っている者がパーティーにいるなら、まだ持つかもしれない。

 だがそれ以外のパーティーだと、そろそろ飲料水が限界になる。

 素直に補給のために地上に上がるのか、それとも他のパーティーを襲って水を確保しようとしているのか。


 地上に戻った場合、貴族やマスターが素直に補給をしてくれるだろうか。

 ちゃんと働いているのか厳しい尋問をされて、場合によったら見せしめに殺される可能性があるが、そう言う事を全員が理解しているとは思えない。

 ある程度のパーティーは補給に戻っているはずだ。

 その連中が処刑されていないのなら、再びダンジョンに潜らされた時に新しい情報を手に入れる事ができる。


 それはいいのだが、問題は他のパーティーを襲ってでも水を手に入れようとする連中が、俺の事を見逃してくれるかだ。

 ソロの冒険者が、小容量の魔法袋だけで、十五日もダンジョン内に留まれるのは異常な状況だと言っていい。

 この地底人のような汗臭く男くさい姿を見て、騙されてくれればいいのだが、ちょっと難しいだろうな。


 ダンジョン内で煮炊きするためには、それなりの燃料が必要になる。

 薪は安いがかさばるから、少し余裕のある冒険者は固形燃料を使う。

 だがそれでも、ポーターに運ばせるにしても限界がある。

 だから普通の冒険者は保存食である干肉や堅パンを食べて我慢する。

 だが誰もが十五日間も潜りっぱなしになるなんて想像もしていなかった。

 腹を壊すのを覚悟して、ラットやコックローチを生で食べれば別だが……


「キャアアアア」

「「「「「うわあああああん」」」」」

「「「「「シスター、シスター、シスター」」」」」


 女性と子供たちの悲鳴だ!

 クソったれが、ノブレス・オブリージュと騎士道精神が見捨てる事を許さねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る