第9話:逃亡先

「ぐっっはっあっ」


 想像していた通り、パスカルは筋肉ダルマを一撃で殺してくれた。

 筋肉ダルマがどれほどの剛腕であろうと、命中しなければ意味がない。

 隠形に瞬足まで内包した忍者スキルを持つパスカルは、筋肉ダルマの金棒に捉えられることなく、すり傷一つ負うことなく、筋肉ダルマの喉笛をかき斬った。

 いや、喉笛どころか頚の半ば以上を断ち斬っていた。

 その時、同時に周囲からも数多くの断末魔が響き渡った。


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 生き残っていた数十人の敵兵が、皆殺しにされたのは明らかだった。

 廊下と敵兵の潜んでいた部屋は、死屍累々になっていた。

 いや、それを見下ろす味方が姿を現していた。

 全員がパスカル配下の精鋭部隊だ。

 忍者スキルを持つ者は少数だが、下位の刺客スキルや隠形スキルを持つ者が集められている、潜入や暗殺に特化した部隊だ。


「バルド様、急ぎましょう。

 敵が千人規模の援軍を送り込んでくる可能性もあります」


「ああ、分かった。

 この連中以外にも、奴隷商館の凄腕用心棒がいたはずなのだが」


「彼らなら現金なものですよ。

 グリンガ王国軍が応援に来たとたん、直ぐに商人を護って逃げ出しました。

 どちらが勝っても大丈夫なように、距離と時間を置くようです」


 俺の足に合わせてくれているパスカルに、気がかりな事を確認した。

 筋肉ダルマの配下も決して弱くはなかった。

 国軍の基準で言えば、かなりの精鋭部隊だった。

 それでも、俺が気にしていた凄腕用心棒たちよりは、明らかに弱かった。

 もし凄腕用心棒たちが加わっていたら、ノルベルト公爵家最精鋭のパスカルたちでも、死傷者が出ていたと思う。


「バルド様、この馬に乗ってください、急いで国に戻りましょう」


 パスカルたちは、自分たちが乗ってきた軍馬だけではなく、筋肉ダルマたちが乗ってきた軍馬まで確保していた。

 その馬たちを乗り潰す覚悟で、ビシュケル王国に、いや、ノルベルト公爵領に俺を逃がすつもりのようだが、それでは確実に戦争が始まってしまう。

 戦争が始まれば、ノルベルト公爵領の民が死傷する事になる。

 いや、国中の民が戦争に苦しみ死傷する事になる。


「いや、俺が原因で戦争を始めさせるわけにはいかない。

 外れスキルを授かってしまったとはいえ、俺は公爵家の人間なのだ。

 領民の生命財産を守る義務があるのだ。

 俺はこの争いで行方不明になった事にする。

 もし殺されてしまったら、ノルベルト公爵家も開戦する以外の道がなくなるが、どこかに逃げた事にすれば、独立宣言と国交断絶だけですむだろう」


「そんな、そんな事を気にする必要はありません。

 ここまでされて、バルド様が犠牲になる必要など、どこにもありません。

 正々堂々とビシュケル王家とグリンガ王家の非道を糾弾され、先陣を切って戦われれば、軍功でスキルなど関係なく公爵家を継げます。

 いえ、両王家を打倒して、連合王国の君主になる事も不可能ではありません」


 パスカルがとんでもない事を言いだした。

 彼の忠誠心を疑った事は一度もないが、それは公爵家への忠誠心だと思っていた。

 だかパスカルは、俺個人にも忠誠心を持ってくれていた。

 俺を公爵家の当主にするために、全力を尽くしてくれる気なのだ。

 とてもありがたい事で、涙が流れてしまいそうだ。

 だが、その忠誠心に甘えるようでは、公爵家当主の資格はない。


「パスカルの気持ちはうれしいが、それに甘える訳にはいかない。

 領民を護る事はもちろん、公爵家の利益から考えても、ここで真っ向勝負の戦争に持ち込むわけにはいかないのだ。

 ノルベルト公爵家には、ビシュケル王家もグリンガ王家も持っていない最強の忍者集団、パスカルたちがいる。

 パスカルたちが両王家の者たちを闇から闇に葬ってくれたら、大きな戦争をする事なく、ノルベルト公爵家が連合王国も主になれるではないか」


 俺は今日までノルベルト公爵家が禁じ手としていた、暗殺を行うように勧めた。

 ノルベルト公爵家は、形だけとはいえビシュケル王家に仕えているのだ。

 代は遠いが、ビシュケル王家から別れた分家でもある。

 だからビシュケル王家を滅ぼす力があるのに、今までは使わなかったのだ。

 だが、こんな状態になってまで自制する必要などない。

 領民はもちろん国民全体のためにも、大規模な戦争を起こすことなく勝つべきだ。


「バルド様、いかに私たちが優秀な暗殺集団であろうと、警戒厳重な二つの王家を滅ぼす事は、簡単な事ではありません。

 両王家にも、我々が知らない護りの戦力があるかもしれないのです」


 パスカルの言葉は表向きの言い訳でしかない。

 俺を公爵家の当主にするために、大規模な戦争を欲しているだけだ。

 忍者スキルの中には言葉巧みに相手を騙し誘導するスキルがある。

 そのスキルを使って俺を納得させようとしても、幼い頃から共に学んだ友人の気持ちくらいは分かるのだよ、パスカル。


「そんな言葉は信じられないな、パスカル。

 俺を誰だと思っているのだ、パスカルの幼馴染なのだぞ。

 他にも俺と一緒に学んだ連中が数多くいるではないか。

 お前たちが力を合わせているのに、暗殺に失敗する事などありえない。

 時間はかかるだろうが、必ずノルベルト公爵家を連合王家にしてくれる。

 そう信じているからこそ、俺はしばらく身を隠す。

 そうだな、イェシュケ皇国の冒険者でもやっているよ」


「ダメです、バルド様。

 バルド様に冒険をさせるなど、絶対のダメです」


「俺は元々自由に生きて行きたかったのだよ。

 公爵家当主の責任や義務、王配としての責任や義務など放棄したかった。

 だが公爵家に生まれた以上、やらねばならないと我慢し努力してきた。

 しかし今なら、全てのしがらみから解放されて、自由に生きられるのだよ。

 俺の事を思ってくれるのなら、自由に生きさせてくれないか、友よ」

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