第10話:冒険者バルド
俺の心からの願いを、パスカルは渋々認めてくれた。
俺に腕利きの護衛をつけた上で、自分たちは囮になってくれた。
そのお陰で、俺は安全なイェシュケ皇国に潜入することができた。
国籍や冒険者カードはパスカルの配下が手に入れてくれた。
イェシュケ皇国にもパスカルたちの探索網があるようだった。
イェシュケ皇国はワイバーン山脈を隔ててビシュケル王国と国境を接している。
だが山脈は名前の通り、峻険なうえに獰猛強大なワイバーンが多数生息しているので、両国間の国交は一切ない。
グリンガ王国を経由しなければ、交易どころか連絡もできない国なのだ。
だから基本的には利害関係がない国同士になる。
だからこそ俺はこの国に潜伏する事にしたのだ。
「バルドさん、どうぞ」
順番を待っていた俺の名前を受付嬢が呼んだ。
荒くれ者ぞろいの冒険者を相手にするのだから、受付嬢にも度胸が必要だ。
多少は武芸もできなければ、なれなれしく迫ってくる冒険者をはねつけられない。
その上で、冒険者を上手くおだてて働かせる魅力や話術も必要になる。
だから冒険者ギルドの受付は並の女性には務まらない。
そんな条件があるから、受付の男女比率は一対一になってる。
何らかの理由で冒険者を引退した男も受付をやっていたりする。
元冒険者の男全員が受付をやれるわけではない。
腕っぷしに加えてある程度の人望もなければ、現役冒険者が従わない。
最悪の場合は闇討ちされて殺される可能性もある。
男ではなく受付嬢に呼ばれた俺は、今日は運がいいと言える。
「ああ、頼む」
俺は今日の成果であるリザードとラット、スパイダーやコックローチを出した。
ダンジョンの低層階に住む、獲物としては最底辺の魔獣や魔蟲だ。
素材としては最低品質しかなく、食べるにしても大して美味しくもない。
だがそんな雑魚でも、狩ればわずかでも金になる。
大して美味しくはないが、食料にもできる。
自分で調合すれば、低品位だが回復薬や快復薬を作る事もできる。
「数はそれなりにありますが、雑魚ばかりですね。
また一人で狩られたのですか?
お持ちのスキルは、狩りには役に立たないスキルだとお聞きしています。
ですが並外れた武術があるのですから、どこかのパーティーに入られるか、ご自身でパーティーを立ち上げられてはいかがですか」
受付嬢は親切で言ってくれているのだろうが、俺にも事情がある。
いつ刺客が襲って来るか分からないから、一人の方がいいのだ。
最悪の場合、パーティーメンバーを金で懐柔して、俺を殺させる可能性もある。
心から信用できる冒険者がいればパーティーを組んでもいいが、まだここにきて十日しか経っていないから、どの冒険者とも打ち解けられていない。
取り敢えずパーティーを組んでみようなんて、そんな恐ろしい事はできない。
「いや、まだいい。
パーティーメンバーは命を預ける相手だ。
まだ心から信頼できる相手が見つかっていないから、ソロの方がいい。
大きく儲けるよりも、確実に生きて帰る方が優先だ」
「ですがそれでは、せっかくダンジョンに潜られているのに」
「止めておけ、アーダ。
本当の冒険者ならそう簡単にパーティーメンバーは選べない」
隣の受付に座っていた男性受付が、女性受付の話しを途中でさえぎり、助け舟を出してくれた。
「でもイシス、せっかくの腕があるのにもったいないわよ。
スキルなしにしては弓術も上手いし、投擲もできる。
槍術も剣術もスキルなしのなかなら最上位よ。
一流パーティーは無理でも、二線級やなら十分やれるわよ」
「ああ、そうだな、その代わり危険になったら斬り捨てられる。
下手すれば他の連中が生き残るための囮にされちまう」
「まさか、そんあ……」
「冒険者はきれいごとじゃないんだぞ、アーダ。
それが分かっているから、バルドはソロで潜っているんだ。
親切なつもりで無理矢理パーティーを組ませたら、お前は人殺しになる。
それともアーダは、裏で金でももらって囮を斡旋しているのか?」
「失礼な事を言わないで、イシス!」
「だったらこれ以上何も言うな!
バルドだけでなく、他の冒険者からも蔑まれているのが分からないのか!?」
やれやれ、俺を放り出して、受付同士でケンカするのは止めて欲しいね。
とはいえ、イシスという元冒険者の受付が受付嬢教育してくれたのはありがたい。
俺だけでなく、何も知らない人のいい新人が、犠牲になる確率が減る。
パーティーに役に立つような強力なスキル持ちなら、パーティーメンバーも多少の労力は惜しまず、育てる努力をするかもしれない。
だけど、役に立たないスキル持ちは、使い捨てにされる可能性が高い。
イェシュケ皇国は先代皇帝の皇位継承時に酷い争いがあった。
その影響で人心が荒廃しているうえに、真っ当な職が少ない。
そして貧富の差がっとても激しいのだ。
貧民が飢え死にしないためには、スキルにあった職業など選んでいられない。
取り敢えず食料を確保できる冒険者を選ぶ者がとても多い。
そんな人間を食い物にしてでも富を得ようとする、下劣な人間がとても多い。
だからこそ、俺も簡単に冒険者になれたのだ。
「なあ、もういい加減、俺の清算をしてくれないかな。
腹が減っているんだよ、帰ってラットを焼いて食いたいんだ」
「あっ、ごめんなさい、直ぐにお支払いします。
全て合わせて小銀貨三枚と大銅貨七枚、それに小銅貨四枚です」
根本的な文化文明が違うので、貨幣価値を昭和や平成の日本とは比較できない。
基本人件費が恐ろしく安くて、エンゲル係数が戦国時代の日本のようだ。
でもこれは国の立地や治安によって結構大きく違ってくる。
その国その地方に海があるのかないのか。
岩塩が採掘できるのかできないのか。
なにより国が荒れているのか平和なのかが大きき影響する。
その点、ビシュケル王国は表向き平和で長らく戦争がなかったから物価が安い。
だがグリンガ王国は未だに国内で内戦が続いてるので物価が高い。
生きていくのに絶対に必要な塩がビシュケル王国の十倍はする。
ビシュケル王国ならキロ大銅貨一枚で買える塩が、小銀貨一枚必要になる。
まあ、その分、人間の命や人件費が十分の一の値段だ。
だから深く考えずに感覚で、小銅貨一枚の価値が百円くらいと思っていればいい。
さて、ラット肉を塩焼きにして腹を満たそう。
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