第8話:敵襲

「ぐっはっはっはっは、我が剛腕のスキルで死ぬがいい」


 卑怯と言ってはいけないのかもしれないが、俺を安全な場所に逃がそうとするパスカルの背中を、恐ろしい剛力で振り降ろした金棒で叩き潰そうとした。

 卑怯な筋肉ダルマが自分で叫んでいたように、二百キロ三百キロの武器も軽々と振り回せる、剛力スキルがなければできない攻撃だ。

 武力系のスキルはこんな非常識を簡単にできるようになってしまいので、武力系スキルのない者が戦闘系の仕事に就くのは事実上不可能なのだ。


 俺は思わず逃げるのをやめてその場にとどまった。

 それどころか振り返ってパスカルを助けようとしてしまった。

 だが歯を食いしばる思いで、振り返っただけでその場に踏みとどまった。

 俺がこれ以上前に出てしまったら、俺を助けようとして、パスカルが今以上に不利な状態で戦わなければいけないのが分かっているからだ。


「ウッオオオオオオ、死ね、卑怯者」


 俺が手出ししても、武力スキル持ちの精鋭相手に戦えない事は分かっている。

 囮になりたくて、殺されるまでの、ほんの数秒くらいしか時間稼ぎできない。

 それも分かっているのだが、その数秒が勝敗を分ける事もある。

 特に、忍者スキルを持つパスカルには、その数秒がとても大きい。

 だが大声を出して敵の注意を引き付けたのだ。

 同時に、二本の手裏剣を筋肉ダルマに投げつけた。


 キン、キン。


 鉄が鉄を叩く甲高い音が廊下に鳴り響いた。

 俺の必死の投剣術が全く効果を表すことなく叩き落とされたのだ。

 だが両眼を狙った手裏剣は牽制の役目は果たしてくれた。

 筋肉ダルマはパスカルへの攻撃を中止して、手裏剣を叩き落としたのだから。

 パスカルを殺し損ねたと思った筋肉ダルマは、憎々し気に俺の事を睨んでくる。


「おのれ、雑魚の外れスキルが、俺様の邪魔をしやがって。

 後でじっくりといたぶり殺してやろうと思っていたが、もういい。

 この場で叩き潰して肉片にしてくれる!」


 筋肉ダルマが俺を殺そうと前に出ようといていた配下を手で止めている。

 武力スキル持ちには、瞬足や俊敏などの、早く動く系のスキル持ちもいる。

 そんな連中に狙われたら、武力スキルを持っていない俺など瞬殺されてしまう。

 だが指揮官の筋肉ダルマが自分で俺を殺そうとした事で、数秒長生きできた。

 いや、彼らの方が数秒長生きできたと言うべきかな。


「ぐっはっ!」

「げっふっ」

「ギャッ」

「ガッフッ」


 俺を殺そうと身構えていた、恐らく早く動く系のスキル持ちが一斉に斃れた。

 パスカルが忍者スキルを駆使して瞬殺したのだろう。

 スキルには当りと外れがあるが、それだけではなく、陰で下位や上位と言われるスキルもあるのだ。

 その中でも忍者スキルは、武力系スキルの中では暗殺系統では最上位スキルだ。

 瞬足や縮地、隠形や消音などの多くのスキルを内包しているズルいスキルなのだ。

 パスカルはその全てを明らかにしても俺を助けてくれるつもりのようだ。


 今回は忍者スキルを全て使って、多人数を相手に無双している。

 うらやましいと思ってしまいそうになるが、理性を総動員して抑え込む。

 人をうらやんでも何にもならない事は、前世で嫌というほど経験している。

 それよりは、必要なモノは自分で努力して手に入れるべきだ。

 手に入れられないのなら、持っている人の信頼を勝ち取って協力してもらう。

 そのためには信頼される人間にならなければいけない。


「筋肉ダルマ、お前の不手際で配下が無駄死にしたぞ。

 これでも喰らえ!」


 俺は再び二本の手裏剣を筋肉ダルマの投げつけた。

 当然狙いは両目だが、目潰しができるなどとは微塵も思っていない。

 また数秒の時間稼ぎができればいいと思っているだけだ。

 その数秒が、筋肉ダルマを殺す時間になるのか、配下の兵士を数人殺す時間になるのかは、パスカルの戦術次第だろう。


 キン、キン。


 今回も簡単に手裏剣が叩き落された。

 最初から落とされると思って投げたので、何の感慨もない。


「調子に乗りやがって」


 予測の範囲だから驚かないが、筋肉ダルマではなく配下の兵士が前に出てきた。


「ぐっはっ!」

「げっふっ」

「ギャッ」

「ガッフッ」

「なに?」


 前に出た兵士がとても驚いている。

 自分が囮になってパスカルを誘い出そうとしたのだろうが、そんな簡単な囮にパスカルが引っかかるわけもなく、背後の兵士が急所を切り裂かれて即死している。

 それにしても、味方の数が少な過ぎるのが気になる。

 パスカルが百人で助けに来たと口にした以上、それ以下の人数であるはずがない。

 それなのに俺を護っているのはパスカルだけだ。


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


「おのれ、どこだ、卑怯者、姿を現して正々堂々戦え!」


 筋肉ダルマがバカな事を口にする。

 神授のスキルのよって戦い方が違ってくるのは当たり前の事だ。

 そもそも卑怯と言えば、百人以上の人数で俺一人を殺そうとすること自体卑怯だ。

 剛腕スキルを使って俺を殺そうとする事が卑怯になる。

 まあ、そんな事も分からないくらい愚かで身勝手な男なのだろう。

 そんな男にこちらが合わせる必要など全くない。

 これ以上手持ちの手裏剣を使うわけにはいかないが、武器なら幾らでもある。


「死ねや、腐れ外道の筋肉ダルマ」


 俺は死んだ敵が落とした剣を思いっきり投げつけてやった。

 将来どのようなスキルが授けられるか分からないから、俺はありとあらゆる武術を鍛錬にしていたから、武術系スキルのない人間の中では優秀な戦士だと思う。

 その俺が渾身の力を込めて投げた剣だ。

 筋肉ダルマには簡単に避けられるだろうが、これで必ずスキが生まれる。

 そのスキをパスカルが見逃すはずがない。

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