第5話:奴隷落ち
グリンガ王国との国境についた俺は、近衛騎士たちが公爵家への伝言依頼を渋々引き受けた理由が分かり、絶望感に潰されそうになっていた。
俺はビシュケル王国を追放された罪人として、グリンガ王国では奴隷の身分に落とされることになっていたのだ。
シャルロッテ王女の性格の悪さに吐き気がする思いだった。
「これははっきりと言っておきますが、この方はノルベルト公爵家の嫡孫です。
シャルロッテ王女の命令で国外追放になりましたが、ノルベルト公爵家がその処分に素直に従うとは限りません。
その事を踏まえたうえで奴隷にされないと、貴国にまで類が及ぶかもしれません」
近衛騎士の隊長が、グリンガ王国側の役人と奴隷商人を脅してくれた。
俺に対して余りに酷い待遇を与えたら、一族皆殺しにされると言外に匂わせた。
確かに御爺様と父上なら、俺が単に国外追放されただけでも内戦を決断する可能性があるのに、奴隷に落とされたと知ったら、確実に宣戦布告するだろう。
最初は俺の事をいやらしい表情で嘗め回すように見ていた、グリンガ王国側の役人と奴隷商人が、今では顔面蒼白となって生唾を飲み込んでいる。
「……近衛騎士隊長殿はビシュケル王家に忠実なのではないのですかな」
役人が探るような目で近衛騎士隊長に話しかけている。
「当たり前だ、そうでなければ公爵家の公孫をここに連れてきたりはしない。
だが、そのために殺されるかもしれない覚悟はしている。
何の罪も犯しておられない公爵公孫を追放するの手を貸したのだからな。
方々も上司や王家の命で加担されたのであろうが、死の覚悟はしておられないようなので、念のために忠告しただけだ。
ノルベルト公爵家が家族を害され、誇りと名誉を穢されて黙って泣き寝入りすると考えていたのなら、直ぐに大陸の果てまで逃げる事だ」
俺を連行していた近衛騎士たちは死を覚悟していたようだ。
ビシュケル王家への忠誠と騎士道の狭間でとても苦しんでいたのだろうな。
全ての元凶はウィリアム国王とシャルロッテ王女にある。
それでも、御爺様と父上は近衛騎士たちを許さないだろう。
わずかに希望があるとすれば、近衛騎士たちのこの場での言動によって、俺が奴隷に落とされない事だが、成功する見込みはないだろうな。
「……近衛騎士殿の忠告は理解したが、私たちにはどうにもできないな。
この事は貴国のシャルロッテ王女に依頼されて、我が国の国王陛下が仕方なくお受けになられた事なのだ。
ノルベルト公爵家が我が国に文句を言うのは筋違いというモノだ。
文句を言うのなら自分の国王や王女に言うべきであろう」
役人が近衛騎士隊長の表情を伺うように建前を口にしている。
そんな事は近衛騎士隊長も言われなくても分かっている事だ。
「ふん、君命のために死を覚悟できない者は醜いな」
「な、それは私の事を言っているのか。
貴国の王女の願いを叶えている私に対して失礼ではないか。
この場で公式に謝罪を要求する」
「もう役目を果たした我らに怖いモノはないのだが、分かっているのかな。
あと数日で殺される分かっていて、なぜ他国の腐れ役人に謝罪せねばならない?
それに、どうせ役人殿も数日のうちに殺されるのだ。
もし貴君を命令を下したのが本当に王家であったとしても、貴国が一枚岩だなどとは、貴君も思ってはいないだろう?
貴国にも、我が王家よりもノルベルト公爵家と親密な貴族がいるはずだ。
その方々が貴殿や奴隷商人を見逃すとは思えない。
何よりノルベルト公爵家の刺客から逃れる事などできんよ」
使い走りの役人と奴隷商人が、近衛騎士の言葉を聞いて震えあがっている。
視線をあちらこちらにさまよわせて、俺をどうするべきか悩みに悩んでいる。
「私たちは役目を終えたので、直ぐに王都に戻り、シャルロッテ王女に事の顛末を報告せんばならん。
ひとつだけ、貴殿らに我らがやった事を教えてやろう。
我らはバルド殿を公爵家の公孫としてあつかい、必要な費用はバルド殿に支払ってもらっていた。
貴殿らも上司には奴隷に落としたと報告しておいて、バルド殿が必要とするものはバルド殿に支払ってもらえばいい。
そうすれば役目を達成できたうえに、ノルベルト公爵家から莫大な礼金がもらえるのではないかな。
刺客に一族皆殺しにさっるよりは、ずっといいのではないかな?」
近衛騎士隊長はそう言ってから、部下を率いて急いで王都に戻って行った。
御爺様や父上が近衛騎士たちの一族を皆殺しにする前に、今回の事をノルベルト公爵家に釈明したいのだろう。
この場での事も、騎士道精神もあるだろうが、一族を守る点数稼ぎでもあるのだ。
本当にこの世界の宮仕えとは辛い物だと、転生した今更ながら思う。
「では役人殿、奴隷商人殿。
ノルベルト公爵家がこの国で懇意にしている商家か貴族家に案内してくれますか?
手持ちの資金はそれなりにあるのですが、実際にどれくらいの費用がかかるか分かりませんので、生活費を補充しておきたいのです。
それとも、近衛騎士隊長殿の忠告を無視して、私を奴隷としてあつかいますか?」
さて、彼らはどういう決断を下すのでしょうかね。
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