第6話:奴隷商館

 俺がグリンガ王国に追放されてから丸一日が過ぎた。

 役人と奴隷商人は、近衛騎士隊長の誘導に乗せられてしまったようだ。

 お陰で俺は体罰を加えられる事もなく、奴隷の焼き印を押される事もなかった。

 それどころか、奴隷商館の中では最高の部屋でくつろぐことができている。

 もっとも、鉄格子と厚い壁の中に閉じ込められている。

 ある意味身代金目当ての人質としか言いようがない。


「バルド殿、こんな中なので少々割高になりますが、何か出前を頼まれますか?」


 国境で俺を引き取った奴隷商人が探るような眼つきで声をかけてきた。

 その姑息な言動が癇にさわるが、ここはガマンしなければいけない。

 グリンガ王国が公式に依頼するような奴隷商人だ。

 武術系のスキルを持った用心棒が多数いるのは間違いない。

 俺も血のにじむような武術訓練を重ねてきたが、武術スキル持ちには勝てない。

 それに、努力はあくまでも公爵公孫の範囲で、命懸けの武人の努力ではないのだ。


「少々割高とは言葉がおかしいのではないか?

 奴隷が買わされる商品が相場の数倍なのは俺も知っている。

 だがそれは、あくまで稼げる奴隷だからだろう。

 俺はいきなり王宮に呼び出されて国外追放にされたのだ。

 手持ちの資金が少ない事などお前にも理解できるだろう。

 俺から稼ぎたければ、商家か貴族家に行かせてくれないと、金がないのだ」


「それでしたら、身につけられておられる装飾品を買い取らせていただきますが」


 どうやらこの奴隷商人は、目先の金に飛びつくバカのようだ。

 俺が身につけている装飾品を買い叩いて、ぼろもうけしたいらしい。

 この程度の知能しかなくて、よく今日まで生き延びてこられたものだ。


「お前はノルベルト公爵家から正当な身代金を手に入れるつもりなのではないのか?

 それともノルベルト公爵家にケンカを売って死にたいのか?

 俺が身につけているノルベルト公爵家の家宝を不当に買い叩いたら、俺を奪還した後で、生まれてきたことを後悔するくらいの拷問を加えられる事が分からないのか?

 お前が今まで奴隷たちにやってきた暴力や悪行が、子供の遊びに思われるような、単に苦しめるためだけの拷問の数々がノルベルト公爵家にはあるのだぞ?

 それが分かっていて今の言葉を吐いたのか?」


「ひぃいいいいい、とんでもありません。

 歴史ある公爵家の拷問など絶対に嫌でございます。

 今直ぐお金は必要ありません。

 バルド様を引き取りき来られた時に、全て清算していただきます。

 ですから好きな物を好きなだけ注文してください」


 こいつ、怖がってみせながら、したたかな事を口にしてくれる。

 いったいどこまでが本気で、どこからが演技なのだ。

 愚か者に見えた言動も、俺の能力を確かめるための探りだったのか?

 俺はここでバカを演じた方がいいので、それとも全力を出した方がいいのか?

 まあ、俺の本性で細かな駆け引きなどできるとは思えない。

 転生してから学んだことはある程度できるだろうけれど、最後には本性が現れる。


「その場で現金清算しないツケでの買い物は、法外な利息をつけるのだろう?」


「賢明なバルド様ならご理解して頂けるでしょうが、我々のようなしがない奴隷商人では、王家の命令に逆らえないのでございます。

 バルド様を商会や貴族家に連れて行くと、王家に処分されてしまいます。

 そうれば、バルド様はもっと酷い待遇をする別の奴隷商人に売られてしまいます。

 ここは利息の付くツケで必要なモノを買っていただくしかありません」


「相場より数倍高い物を、法外な利息付きで買わなければいけないのか。

 酷い話だが、命や名誉には代えられないから、ここは言う通りにする。

 だからそれなりの品質の物を持ってくるのだぞ。

 法外な値段を取っておいて、食べられないような料理や、使えないような道具を売りつけたりしたら、俺がとりなしても公爵家が許さないぞ」


「それ理解しております、バルド様。

 ただ我々のような奴隷商館へ出前してくれるような店は、最初から品質の悪い物を高値で売りつける料理屋や商人が多いのですよ。

 私がどれほど気をつけても限界がありまして、どうしようもない不味い料理や質の悪い商品が届く事もないとは言えないのです」


 こいつは俺を言葉で嬲って快楽を得ているのか?

 それとも、何か別の意図があるのか?


「それでも、お前や用心棒が注文する料理は、相場通りの料金で普通に食べられる物が運ばれてくるのは分かっているのだ。

 用心棒たちと同じ料理を注文する」


「……承りました、用心棒と同じ料理を持ってこさせましょう」


 ふむ、俺がどうしても高級な料理を食べたいと文句を言うのか確かめたのか?

 それとも、俺がどれくらい奴隷商館の事を探り出しているのか確かめたのか?

 どちらにしても油断できない相手ようだ。

 俺がバカなら、同じバカのフリをしてとことん金をむしり取る気なのだろう。

 今回は、奴隷商人の仕掛けた罠とういうべきか、それとも試験と言うべきか分からないが、合格できたようで、金をむしり取る気はなくなったようだ。


 問題はこんな海千山千な奴隷商人を相手に、家からの救出部隊第一陣が上手く対処してくれるかどうかだ。

 俺専属の護衛たちが、追放刑になった俺の後をつけて来てくれていた。

 近衛騎士たちもその事に気が付いていた。

 同時にビシュケル王国内では奪還に動かない事も、近衛騎士たちは理解していた。

 事を荒立てずに俺を助けるのな、らグリンガ王国に入ってからだと理解していた。


 問題は俺や護衛たちが、俺が奴隷に落とされると知らなかった事だ。

 同時に奴隷商人がここまで海千山千の男だと言う事も知らなかった。

 俺が確認しただけで、凄腕の用心棒が五人はいる。

 俺に見せないようにしている凄腕用心棒が何十人いるかだ。

 グリンガ王国に好い所を見せて、さらに国に食い込むつもりなら、絶好の機会だ。

 パスカルたちが焦って下手を打たなければいいのだが。

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