第14話:シスターオードリー

「この度は危うい所を助けていただき、感謝の言葉もありません。

 ありがとうございました。

 私のできる範囲のお礼をさせていただきますので、何でも言ってください」


 俺よりも五歳くらい年上なのだろうか。 

 スレンダーな栗毛の美女で、ドンピシャ俺の好みだった。

 だからお礼は身体と言いたい気持ちも少しはあったが、そんな事を口にしたら、気貴族と騎士の誇りのために命懸けで助けた意味がなくなる。

 人から見れば楽々助けたように見えるかもしれないが、本当にバディスキルが発動してくれるかどうか、賭けだったのだ。


 もしバディスキルが発動してくれなければ、俺は死んでいただろう。

 そんな事になっていたら、とんだ道化だが、貴族も騎士も道化でいいと思う。

 現実主義の人間には馬鹿にされるような理想の行動こそ、貴族がこの世界に存在するための言い訳、意味なのだと思っている。

 そうでなければ、領民が汗水たらして作った作物から税を徴収する理由がない。


「お礼なんていらないさ、漢が女子供を助けるのは当たり前の事だ」


 見栄を張ったわけじゃなく、本心からそう思っている。

 今生でも前世でも、そう思って生きてきた。


「まだ成人したばかりだと言うのに、誇り高い生き方をされていますね。

 貴男はこの国の方ではないようですね。

 この国の男に、そのような誇り高さは求められません。

 誰もが自分一人生きていくだけで精一杯なのです。

 愛情深い人間でも、精々家族や一族を守るだけです」


 この国の現状はシスターの言葉通りなのだろう。

 前から分かっていた事だが、シスターから改めて聞かされると実感がこもる。

 だが、それを悪い事だとは思わない。

 内乱で誰もが生き残るのに必死だったのだ。

 新たな権力者が新しい国を建て治安を回復したのならともかく、皇国のまま内乱が下火になり、以前からの権力者が引き続き力を振るっている。


 そんな状況では、新たな秩序が築かれる事などない。

 旧来の権力者が内乱時に行った暴虐を今も続けている。

 何とか皇族内の争いを終わらせた皇帝では、権力者を討伐などできない。

 やろうとすれば、今度は皇族内の争いではなく権力者と皇族の争いになる。

 そうなれば権力者はまた皇族内に不和の種をまき散らすだろう。

 皇族内を完全に固めるまでは、有力貴族を討つ事などできない。


「哀し事ですが、それはしかたがない事だと思います。

 誰だって自分の命は惜しいですし、家族は大切です。

 それを護るために非情になるのを咎める事などできません。

 それぞれが自分のできる事をやるしかないと思います」


「そう、ですね、それしかありませんね。

 では、私も自分にできる事をやらせていただきます。

 どうでしょうか、私たちに力を貸していただけませんか。

 貴男の誇りと名誉におすがりするのは、卑怯だと分かっています。

 ですが私たちには、その卑怯な方法しか生きる道がありません」


 生きるために誰かに頼る事は決して卑怯じゃない。

 そんな事を言ってしまったら、シスターに助けられている孤児たちも卑怯になる。

 ただ受けた恩は、返せるようになったら返すべきだと思う。

 武士の御恩と奉公ではないが、恩を受けたら返すべきだ。

 恩を返す相手は別に俺やシスターでなくてもいい。

 同じような孤児に手を差し伸べる事で十分だ。


「そんな事は気にしなくていいと思いますよ。

 俺やシスターから受けた恩を、同じような孤児に返してあげてもいい。

 孤児ではなく、自分の妻や子供に返してもいい。

 妻を虐げたり子供を虐待しないで、愛情を注いで育てるだけで十分ですよ」


「ありがとうございます。

 今更ですが、お名前をお聞かせ願いますか」


 さてさて、逃亡生活中に本名を明かすべきかどうか。

 俺を狙っている連中に少しでも情報を与えるような真似はすべきじゃない。

 だけど、今の俺なら大抵の敵なら簡単に撃退できるだろう。

 それに、迷宮ダンジョンに隠れ潜んでいる間は、情報も流れない。


 ああ、そうだ、よく考えれば冒険者名をバルドのままにしていた。

 パスカルほどの者が何でそんな事をしたのかわからない。

 今度パスカルに会った時に確認しておく必要があるな。

 だがこんな状態だと、今更名前を隠しても意味がないな。


「俺はバルド、ずっと力を隠していたから、駆け出しの冒険者になっている」


 シスターが驚いているが、当然だろう。

 二十七人もの熟練冒険者を一瞬で皆殺しにしたのだ。

 普通は最深部に潜るような精鋭冒険者だと思う事だろう。

 だがスキルがどん力を発揮するか分からなかったし、目立つ気もなかった。

 公爵家に戻る時まで、自由気ままに生きられたらいいと思っていた。

 公爵に相応しいスキルを持った弟のために働くようになるまではね。


「私はオードリーと申します。

 ある教会に所属していましたが、貧しい信者から搾取するような教会のやり方が許せず、教会を出て孤児院を設立しました。

 治癒や回復を使えるスキルを授かっていましたし、神官戦士となるべく武術の訓練も受けていましたので、冒険者になってこの子たちを育てようと思ったのです」


 オードリーから色々と話しを聞いたが、不意討ちされなければ、防御魔術であんな腐れ外道共に遅れを執る事はなかったようだ。

 孤児たちを人質に取られて、仕方なく無抵抗になっていたという。

 攻撃魔術と武術を併用できたら、二十七人いたとしてもあんな連中に負けなかったのだろうが、攻撃魔術は使えないのかもしれない。

 あるいは、人殺しをする覚悟ができなかったかだ。


「それはいい覚悟ですね。

 ですが、多くの孤児たちを助けようと思えば、自分の身を穢す覚悟もいます。

 自分の手を血塗れにしようとも、孤児たちを護る覚悟です。

 オードリーさんにその覚悟がありますか」


 年下の俺に偉そうに言われて、受け入れる胆力があるのか。

 自分を穢す覚悟があるのか。

 あるのなら、俺も命懸けで孤児たちを護ろう。

 いや、まあ、そんな返事がもらえなくても女子供は守る。

 見返るなどなくても、女子供を護ってこその貴族であり騎士だ。

 だが、オードリーを信じられるかどうかで、使える戦術が変わってくる。


「はい、覚悟しました。

 神に仕える身で人殺しなどしたくはありません。

 ですが、この子たちを護るためなら、人殺しも必要だと思いました。

 自分一人が貞操を穢されるだけではすまないと、思い知らされました。

 自分が覚悟を決めなければ、この子たちまで穢されると分かりました」


 神に仕えてきたからこそ、あのような腐れ外道にも良心があると思っていたのだろうが、クズはどうしようもないのだ。

 この世の中には救いのない腐れ外道がいるのだ。

 大切な者を護りたいのなら、自分の手を血で汚す必要がある。


「そうかい、だったら俺もそのつもりで孤児たちを護ろう」

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