第37話:製薬ギルド
「実家の家族に不幸があってな、家に戻らなければいけなくなった。
だからこの国で受けられる最後の注文になるのだが、欲しいものはあるか」
冒険者ギルドを後にした俺は、その足で製薬ギルドに向かった。
普通の街や村には製薬ギルドなど存在せず、個人の製薬スキル持ちが創った薬を、薬販売ギルドか商人ギルドに持ち込むのだ。
ただ魔境に近いこの村では、薬を作るのに必要な貴重な素材が比較的簡単に手に入るため、多くの製薬スキル持ちが集まっていた。
だから自然と彼らが作る薬が買い叩かれないように、製薬ギルドが誕生していた。
「え、そんな、困りますよ、急にそんな事を言われても、困りますよ」
受付嬢がうろたえているが、知った事ではない。
元々俺たちは一時的にこの街に住んだだけで、永住する気など全くない。
その事は最初に作った薬を持ち込んだ時に話してある。
それなのに、俺たちが作る薬の販売を、商売の基軸に置いたお前達が悪い。
俺たちは、俺たちのために生きるのであって、お前たちのために生きている訳ではないのだ、などと口にする事はない。
「そうは言われてもな、実家の跡を継ぐはずだった兄が死んでしまったのだ。
急いで戻らなければ、歴史ある実家の製薬商家が潰れてしまう。
本当なら挨拶なしで急いで帰ってもいのだが、わずか半年でも取引した相手だから、注文があるのなら手持ちの薬を売ってもいいと思っただけだ。
グズグズ言うのなら、家に帰って直ぐに出発するが、それでいいのだな」
思いっきり嘘をついているが、仕方がない事だ。
人が二人以上集まれば、駆け引きするのは当然の事だ。
まして商品を売買するのなら、値段交渉で駆け引きしない方がどうかしている。
金は絶対に必要な物ではないが、有って困るモノでもない。
まして公爵家の現状が分からない状況では、軍資金は多ければ多いほどいい。
「分かりました、直ぐにマスターと相談しますので、ちょっとお待ちください」
そう言うと受付嬢は直ぐにマスターのいる二階以上に駆けて行った。
普通俺のような流れの製薬職人にマスターの居場所は教えてくれない。
薬を買い叩きたい商人ギルドや冒険者ギルドの刺客を警戒しているのだ。
刺客を放ってでも薬を買い叩いてぼろもうけしたい商人ギルド。
できるだけ安く薬を手に入れて、多くの獲物を手に入れたい冒険者ギルド。
どちらも目的のためなら手段を選ばない連中だからな。
「バルドさん、話しはお聞きしました、本当に残念です。
実家に帰られても、我々に薬を売ってくださることは可能ですか」
「まず無理だな、俺の実家はビシュケル王国にあるんだ。
ワイバーン山脈を超えての輸出するだけでの多くの経費が掛かる。
まして今はワイバーン山脈を越える街道が土砂崩れで埋まってしまった。
何カ国も通過していては、とても売れる値段にはならないよ。
隠し街道でもなければ、絶対に採算が合わないよ」
「そう言う事ですか、だったら仕方がありませんね。
継続的な仕入れは諦めるしかありませんね。
せめて、今あるだけの薬を売ってください、お願いします。
バルド殿が作られる薬はとても評判がよくて、高値で売る事ができるのですよ」
「それは構わないが、今あるだけと言われると、今まで売った事のない薬もある。
とても貴重で、とんでもない高値がつく薬だから、今まで売らなかったのだが、それまで買うと言うのか」
「ほう、そのような秘薬まで作れるのですか。
買わせていただくかどうかは別にして、是非一度見させていただきたいですね」
「冷やかしなら止めてもらおうか、マスター。
母国では卸値で大金貨一枚もする薬だ、持ち帰って売った方が確実に売れる」
「ほう、そこまで言われたらなおさら見たくなりましたよ」
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