第41話:裏宿

 俺たちはゆっくりと時間をかけて王都にたどり着いた。

 早馬なら十日ほどで到着できる場所なのに、三十日もかかってしまった。

 出発する時は二十日ほどを予定していたのだが、十日も余分にかかった。

 文句を言う気はまったくないが、全部シスターのせいだった。

 シスターが格安で薬を販売してしまうので、街道沿いにある町や村からだけでなく、街道から離れた街や村からも薬を求める人が殺到してしまったのだ。


「こんなに大事になるとは思いもしていませんでした、バルド様」


 パスカルが心底呆れたように話しかけてくるが、これはしかたがない。

 付かず離れず、俺たちのキャラバンを見守ってくれていたパスカルだ。

 魔境近くの村を出てから、徐々にキャラバン目当ての客が増えてきたのを、その目で見て理解しているのだ。

 パスカルからすれば、早く俺を領地に戻したいのに、何余計な事しているんだと、シスターたちに怒りすら感じていただろう。


「俺は公爵家の一員で騎士なのだよ、パスカル。

 困っている人を、それも我が力で助けられる人を、見捨てる事などできない。

 まして相手が弱い女子供なら、名誉にかけて絶対に見捨てる訳にはいかないのだ」


 俺がそう言うと、パスカルはしかたがないと言う表情を浮かべてくれた。

 その気になれば全ての表情を隠せるパスカルが、わざと浮かべてくれた表情だ。

 俺を騙すつもりでなければ、『諦めた』と伝えてくれているのだろう。

 あるいは、消極的ではあるが、認めてくれたという事かもしれない。

 いや、パスカルの性格なら俺の言動を認めてくれたのだろう。

 重要な役目を受けている状況でも、俺の願いを優先してくれるパスカルだからな。


「その事はご領地に帰ってから、公爵閣下ご同席の上で、話させていただきます。

 そんな事よりも、これからどうなさるおつもりですか。

 このような状況では、とても予約していた宿に泊まる事などできません」


 パスカルの言う宿とは、この国の王都で安心して泊れる宿の事だ。

 表向き高級で安全と言われている宿でも、裏に回ればあくどい事をしている。

 宿の亭主や女将が善良でも、王都の官憲に情報を提供してる場合もある。

 だが逆に、王都では安くて信用できないと思われている宿でも、裏社会での仁義を通すと、官憲が相手でも護ってくれる宿もある。

 今回予約していた宿は、裏社会で信用を得ている宿だった。


「だったら、このまま、旅商人や旅芸人が借りるこの区画に泊ればいいさ。

 裏宿にはパスカルと手の者が止まってくれて。

 そこで製薬ギルドからの連絡を受けてくれれば、何の問題もなくなるさ」


 この国があまり信用できない旅商人や旅芸人を集めておく商人区画の、大きな広場で馬車の中で寝ると言う俺を、パスカルは猜疑心に満ちた目で見てくる。

 露骨に、最初からそう言うつもりだったのだろうという表情を浮かべてくれる。

 確かにパスカルの思っている通りで、シスターを残して宿に泊まる事などできないし、シスターが子供たちや女たち、動物たちを残して自分だけ宿に移動などしない。

 シスターにとって、彼らは家族同然なのだから。


 こんなパスカルとのやり取りは、子供の頃からの遊びのようなじゃれ合いで、妙にうれしく感じてしまう自分がいる。

 本当に楽しくてうれしくて、ずっとやっていたいのだが、そうもいかない。

 俺にもパスカルにもやらなければいけない事があり、それなりに忙しいのだ。

 俺はシスターたちを護るために宿泊区画の安全を確認しなければいけない。

 パスカルは裏宿を通じて裏社会から情報を集めなければいけない。


「隠し街道の情報は裏社会から集まりそうか」


「残念ですが、確実な情報はまったくありません。

 金に糸目をつけずに集めていますが、全て金目当ての作り話です。

 ただ、ワイバーン山脈沿いの古い村の中には、隠し街道の伝説がありました」


「その伝説の隠し街道は、この前埋まった街道ではないのだな」


「残念ですが、それは分かりませんでした。

 荒唐無稽な嘘で固められた伝説と言う可能性もありますし、このまえ埋まってしまった街道の事を伝えていた可能性もあります。

 命懸けで確かめてみない事には分からないとしか言いようがありません」


「分かった、その伝説は実際に現場に行って確かめてみればいい。

 次に聞きたいのは、王都にパーフェクトリカバリーに、本当に秘薬を必要としている金持ちがいるのかどうかだ。

 裏社会の情報の中に、該当する金持ちはいるのか。

 その該当者の中に、製薬ギルドのマスターと縁のある奴はいるのか。

 いるとしたら、幾らの金額で秘薬を買ったのかを調べてくれ」


「御意」

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