第17話:皇国軍

「おい、お前たちが冒険者なのか」


 オードリーたちを助けてから三十日が過ぎたころ、ついに皇国がやってきた。

 俺たちを駆り立てて、シルバーリザードを狩らせるのかと思った。

 必要なら中層くらいまでは行く覚悟をしていた。

 子供たちを護りながら中層まで潜るのは厳しいが、忍者スキルが使えるなら絶対に不可能というわけではない。

 あいがたいことに、ずっと忍者スキルを使い続けられている。


 だが俺たちを皇国軍が素直に潜らせてくれるとは限らない。

 オードリーのような美人を嬲り者にしようとする奴は必ずいる。

 特に誰の目も届かないダンジョン内では、権力を持った軍人は好き勝手する。

 オードリーに魔術防御を展開してもらい、子供たちを護ってもらう。

 自由に動けるようになった俺が、腐れ軍人どもを皆殺しにする。

 途中で忍者スキルが切れないのを祈るだけだ。


「そうか、君たちがシスターが率いる孤児たちの冒険者クランか。

 よくぞ今日まで無事に生きていたものだ、感心した。

 君が手助けしてやっていたのか」


 将軍の副官なのか、それとも参謀なのか。

 自己紹介もしない、身分の分からない奴が聞いてきた。


「手助けというほどの事はしていない。

 食料確保のために狩りの手伝いをしていただけだ」


「そうとは思えないが、そう言うのなら深くは聞くまい。

 将軍閣下が会いたいと言われている、一緒について来てくれ」


「それは命令なのか、それとも依頼なのか」


「ふむ、警戒しているようだが、心配は不要だ。

 将軍閣下は他の連中とは違う、誇り高いお方だ」


「不遜で失礼な言い方になるが、子供たちの安全のためだと笑って許してくれ。

 俺たちはダンジョンに入る時に、マスターからお貴族様の命令だと聞いている。

 そんなお貴族様の命令に従う将軍閣下を信じるのは難しい。

 俺の命だけではなく、シスターと子供たちの命がかかっているのだ」


 さて、ここで怒るような人間なら、戦った方が安全だ。


「ふむ、そう言われると怒るわけにもいかないな。

 将軍閣下でも大貴族との付き合いには細心の注意が必要だ。

 だがシスターと孤児たちの安全を確保するためには、ここはどうしてもついてきてもらう必要があるから、命令だと思ってくれ」


 怒る事なく冷静に対応するのか。


「分かった、シスターたちに話してくるが、一つ条件がある」


「どんな条件なのだ」


「シスターたちの前後は距離を開けてくれ。

 必要以上に近づくようなら、シスターを襲う野獣と判断する。

 子供たちすら獣欲の対象にするクズがいるからな」


 さて、ここまで言われたらさすがに怒り出すかな。


「なるほど、そういう腐れ外道共に襲われていたシスターたちを助けたのだな。

 一度襲われた事があるのなら、警戒するのもしかたのない事だ。

 これで怒り出すようなら、まだまだ未熟な若輩者。

 人生経験も積み重ねていなければ、人を見る眼もない愚か者だと言う事だ」


 副官だろう漢が、そう言って皇国軍の連中を睨みつけていた。

 俺の言葉を不遜と怒り、剣に手をやっている馬鹿がいたのだ。

 多くの連中は恥じ入るように視線を外していたが、数人は副官を睨みつけている。

 服装と付けている装飾品から、恐らく貴族の子弟なのだろう。

 こんな連中がいるようでは、何事もなく済むとは思えない。

 問題は、この副官らしい人間が、その事まで読んでいるかどうかだ。


「最初に断っておくが、斬りかかってくる人間は、皇国軍人であろうと殺す。

 身を護るためだから、相手が貴族の子弟だろうと関係ないぞ」


「ふん、将軍閣下の命令に従わず、皇帝陛下の大切な臣民に手を出すような奴は、殺されて当然だろう。

 それに、誇る高い貴族の子弟ともあろう者が、冒険者ごときに後れを取り殺されるのなら、家名の恥以外の何物でもない。

 貴族の子弟が、恥知らずな命令無視と卑怯な不意討ちをして返り討ちになる。

 表沙汰になれば家名断絶になるような大事件だな」


 副官の言葉を聞いて、反抗的だった軍人が歯を食いしばっている。

 これでも人を見る眼はあるつもりだがから分かる。

 今の会話で襲い掛かかってくる奴は激減した。

 まったく皆無とは言えないが、集団で襲い掛かってくる事はないだろう。


「この国の軍人らしくない、誇り高い精神の持ち主のようだな。

 しかも貴族の子弟相手に、なかなか辛辣な言葉を吐くのだな。

 名前を聞かせてもらえるかな」


「俺はアンドレアス・フェルベン、将軍閣下の副官だ」


「俺はバルド、冒険者のバルドだ」


「ではバルド、シスターと孤児たちを呼んできてくれるかな」


「分かった、アンドレアス殿。

 アンドレアス殿も部隊の再配置を頼みます」


「任せてくれ、キッチリと護衛の布陣を敷かせてもらう」


 やれ、やれ、いいように使われてしまうのだな。

 アンドレアスが最後の言葉を口にした後で、目に意味を込めやがった。

 明らかに殺してくれという意味が込められていた。

 アンドレアスは、この機会を利用して反抗的な連中を殺すつもりだ。

 自分の手を汚すことなく、貴族の子弟を殺して監視の目を潰す気なのだ。

 問題は、これがアンドレアスの独断なのか将軍の指示なのかだ。


 俺はこの事をオードリーに手早く話した。

 そして魔術防御を展開して子供たちを護るように話した。

 少々心配だったのは、オードリーの魔力量だった。

 どれくらいの時間、魔術防御を展開していられるのかが分からない。

 敵の攻撃受けたら、魔力が削られるのか、それとも一度展開したらもう魔力は必要ないのか、それによって俺のやるべき事が変わってくる。


「大丈夫です、バルド様。

 どれほど敵の攻撃を受けても、私の魔力がつきる事はありません。

 それに魔術防御にも幾つか種類があります。

 最初に多めの魔力を使って、一定時間絶対的な防御を展開する魔術。

 最初に少し多めの魔力を使って、一定量の攻撃を受けるまで展開続ける魔術。

 最初全く魔力は必要としないけれど、受けた攻撃に応じて魔力を消費する魔術。

 上手く使い分けて子供たちを護って見せます」


 オードリーがそう断言するなら大丈夫だ。

 子供たちの安全を誰よりも優先しているのは、他の誰でもない、オードリーだ。

 彼女が大丈夫だと言い切ってくれるのなら、俺は反撃に集中すればいい。

 腐れ外道のお貴族様が、将軍閣下の命令に背いた事が明らかに分かるように、一度は攻撃を受けて同輩や配下に見せつけるのだ。


 そのうえで、二度と攻撃する気が起きないように惨たらしく殺す。

 オードリーと子供たちの安全のためなら、一切の手加減はしない。

 身の毛もよだつほど惨たらし殺し方をしてやる。

 将軍という奴が裏切るようなら、同様に殺す。

 グリンガ王国とは反対方向に逃げて、子供たちを安全なノルベルト公爵領に連れて行こう。

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