第35話:パスカル

「バルド様、心配いたしましたぞ、一体何をされていたのですか」


 急に皇国を逃げ出した俺を、心配したパスカルが訪ねて来てくれた。

 リウドルフィング王国の魔境近くに隠れ住んでいるので、捜しだすのに時間がかかってしまったようだ。

 助けた女たちが、シスターたち以外を怖がるので、できるだけこの国の人間と接触しなかったから、手掛かりとなる情報が少なかったのだろう。


「心配させてすまなかった、不幸な女子供を保護していたのだ」


「騎士道精神は分かりますが、私たちが心配する事もお考えください」


「パスカルたちには心から申し訳ないと思っている。

 だがやっと手に入れた自由な生活だ、一年くらいは羽を伸ばしたかったのだ。

 パスカルたちにもそう言っておいたではないか」


「それは居場所と安全が確認できた場合です、バルド様。

 皇国の大貴族に眼をつけられ、皇帝派と貴族派の争いに巻き込まれたのが分かっているのですよ、心配して当然ではありませんか。

 もうこれ以上好き勝手していただくわけにはいきません。

 急いで領地に戻っていただきます、いいですね、バルド様」


「いや、そうは言われても俺にも色々と都合があるのだ。

 今直ぐ領地に戻れと言われても、直ぐにハイとは言えない。

 女子供たちを一緒に連れ帰らないといけないから、もう少し待ってくれ」


「いいえ、待てません。

 公爵家と王家の緊張が徐々に高まっているのです。

 グリンガ王家に対する報復準備も整ってきました。

 バルド様に安全な所にいていただかねば、報復を決行できません。

 今直ぐ領地に戻っていただきます」


「俺も一時は公爵家の跡継ぎ候補だったのだ。

 そして今でも騎士道精神を忘れていない。

 一度助けた孤児や、盗賊の被害者である女性を見捨てる事などできん。

 どうしても連れて帰ると言うのなら、戦友であるパスカルであろうと、剣に懸けて抵抗するが、それでもいいのだな」


「ふぅうううう、そこまで申されるのならしかたありませんね。

 何とか女子供を連れて皇国とグリンガ王国を突破する方法を考えなければいけませんが、正直難しいですね」


「俺はこの国から直接領地に戻るつもりだったのだが、何か問題があるのか」


「バルド様はご存じないのですか、唯一ワイバーン山脈を越えられる渓谷の街道が、大量の土砂崩れで埋まってしまったのです。

 街道を掘り返すには、膨大な数の人足を使っても数年はかかるでしょう。

 いえ、土砂崩れの影響で渓谷だったところが魔境になってしまいました。

 ワイバーン山脈の一部になってしまったのです。

 とても人間が立ち入って土砂を掘り返せるモノではありません」


 パスカルが断言するのならその通りなのだろう。

 だが聖女スキルを持つシスターを残して領地に戻るわけにはいかない。

 だがパスカルの言う通り、全員を引き連れて二カ国を通り抜けるのは不可能だ。

 シスターだけ連れて女子供をこの国に置いてく決断をしなければいけないのか。

 この国は治安もよく、女子供も安心して暮らしていく事ができるだろう。

 この半年の鍛錬で、犬狼を使った狩りで十二分な収入を確保できるようになった。


 問題があるとしたら、シスターが納得してくれるかだ。

 どう考えても納得してくれるとは思えない。

 いや、それ以前の問題として、俺はそんな事を口にしたくない。

 公爵家に生まれた人間として、騎士道精神を学んだ漢として、女子供を見捨てますなんて、口が裂けても言えない。

 だとしたら、俺が言えることはなんだろうか。


「パスカル、他に公爵領に通じる抜け道はないのか。

 犯罪者や軍が秘匿している秘密の道はないのか。

 伝説などの昔話に、ワイバーン山脈の抜け道の事が語られていないか。

 あとは、そうだな、もっと東の国に行ったら、ワイバーン山脈を越えられる道があるのではないのか」


「無茶を言ってくれますね、バルド様。

 ですが、皇国とグリンガ王国を強行突破したり、隠れて通過するよりは安全かもしれませんから、調べるだけ調べさせてもらいます。

 ですが、どうしても方法がない場合は、薬で眠らせてでも領地にお戻りいただきますから、覚悟していてください」


 パスカルがここまで言うという事は、公爵家が王家に押されているのか。

 絶対に勝てると思っていたのだが、この一年弱で何かあったのか。

 だとしたら、急いで公爵家の戻る必要があるな。

 最善の方法はなんなのだろう、本気で考えないといけないな。

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