第33話:家族愛
ブッフォオオオオオ
「大丈夫ですよ、私が奥さんを癒してあげます」
戻ってきた俺に気が付いた父猪は、怒り狂って突っ込んで来ようとした。
突っ込んで来る前に気合を入れたかったのか、雄叫びをあげている。
その雄叫びは、並の人間なら聞いただけで卒倒するほどの迫力があった。
だがそんな恐ろしい雄叫びを聞いても、シスターはまったく動じない。
穏やかな笑みを浮かべて父猪に話しかけるのだ。
ブッフォオオオオオ
父猪の雄叫びに含まれる怒りが小さくなった気がする。
猪に癒すという意味が分かるのだろうか。
猪に治療なんて概念があるとは思えないのだが、どう考えても伝わっている。
「バルド様、母猪の側に下ろしてください。
ここからでも快復させる事ができますが、それでは魔力の無駄遣いになります。
もうこれ以上バルド様に心配をおかけするわけにはいきませんから、魔力はできるだけ節約するようにしますね」
俺はシスターの魔力が少なくなる事よりも、父猪の暴走の方が心配なのだが、心から猪たちを信じているシスターにそんな事言えるはずもない。
俺は唯々諾々とシスターの願い通りにするしかないのだ。
ブッフォオオオオオ
母猪に近づいた俺を父猪が思いっきり威嚇しやがる。
もしシスターがいなければ猪突猛進してきていただろう。
「パーフェクトリカバリー」
俺と父猪が視線で威嚇しあっているのに、シスターはまったく動じることなく快復魔術を発動した。
「元気になりますから、これをお食べなさい」
シスターが一度父猪にコックローチを見せてから母猪の口に入れた。
何かあった時に直ぐに食べられるように、乾煎りしてから外骨格を剥いたモノだ。
ダンジョン内で限られた道具と時間で料理すると、コックローチはあまり美味しくないが、ダンジョンの外で時間をかけて料理をすると結構美味しくなる。
塩茹でだと旨味が流れてしまうが、乾煎りなら旨味が逃げない。
ナッツと海老の両方の香りと味がするのだ。
「さあ、ドンドン食べて元気になってくださいね」
シスターが矢継ぎ早に魔法袋から調理済みのコックローチを取り出す。
作り置きの料理をそんなに使われたら、何かあった時に俺たちの食べる物がなくなると言いたいのだが、シスターの考えが分かるから何も言えない。
シスターはしばらくこの周辺で野営するつもりなのだ。
母猪は完全に回復するまでは、絶対にこの場を離れないだろう。
その間に非常用に料理を作ればいいと考えているのだ。
「安心できたでしょう、貴男もちゃんと食べなさい」
シスターが父猪に優しく声をかけている。
俺には立派な身体に見えるのだが、シスターには痩せて見えるようだ。
シスターが言うのなら、奥さんほどではないが、父猪も痩せてるのかもしれない。
ここ数日くらいは何も食べられなかったのかもしれない。
猪は俺が思っているよりも愛情深い動物なのかもしれないな。
単にこの父猪が愛情深いだけかもしれないが。
ブッフ、ブッフ、ブッフ、ブッフ
父猪がシスターの快復魔術で奥さんが治った事を理解したようだ。
信じられない事だが、父猪が頭を下げてお礼を言っている。
それどころか、急所である腹を上にして絶対服従の態度をしめしている。
あまりのできごとに、俺は何も言えず、その場で固まるしかない。
これでシスターはファングジャイアントボア家族を味方に加えたのか。
彼らが食べるエサさえ確保できたら、すごい戦力だぞ。
「そんな事はしなくていいですよ、お腹が減っているのは分かっていますよ。
食べ物はここにおられるバルド様が幾らでも用意してくださいます。
貴男も安心してお腹一杯食べなさい。
そう、そう、バルド様は奥さんを助けるために薬を食べさせてくれたのですよ。
それなのに殺そうとしたのでしょう、ちゃんと謝らないといけませんよ」
ブッフォ、ブッフォ、ブッフォ、ブッフォ
シスターの話しが理解できたようで、父猪は身を起こして謝ってきた。
父猪に謝られても対応に困るのだ。
これで俺が責任を持って猪家族のエサを確保しなければいけなくなってしまった。
シスターに恥をかかせるわけにはいかないから、信じられないほどの短時間に食べ終えてしまっているエサを、もう一度魔法袋から出しておいた。
シスターの言葉に間違いなどないから、山のように積んでおいたエサは、父猪が食べたのではなく、子猪が食べたのだろう。
六頭もいるとはいえ、父猪に比べればはるかに小さいのだ。
子猪であれほどのエサを食べたのだとしたら、父猪は輓馬とは比較にならないくらい大量に食べるのだろう。
そう考えて、さっきの十倍のエサを魔法袋から取り出して、十個の山を作った。
ブッフォ、ブッフォ、ブッフォ、ブッフォ
父猪は俺にお礼を言いながらムシャムシャとエサの山を食べている。
なにが好きなのか、確かめなければいけない。
母猪を治すことができたのだから、直ぐに馬車に戻りたいのだが、シスターが母猪に手ずからエサを与えているので、戻ろうとは言えない。
だから今俺にやれる事をするしかない。
満腹になって眠くなったのだろう、子猪たちが眠っている。
それを愛しそうに見ながら、母猪がシスターにエサを食べさせてもらっている。
さきほどからずっと火を通したコックローチを食べさせていたのだが、今度は山芋を食べさせてあげている。
「ヒール」
なるほど、ちゃんと栄養を取らせてから回復魔術を使って体力を戻すのか。
体力を戻させたくても、その元になる栄養分がなければ意味がないのだな。
だとすると、回復薬に三大栄養素を加えておくべきだな。
消化吸収を早めるためには、経口補水液を水代わりにした回復薬を作り出す必要がるかもしれない。
ブッフォ、ブッフォ、ブッヒ、ブッヒ
母猪が身体を起こしてお礼を言いながら、夫にエサを食べるように言った。
俺に猪の言葉が理解できるわけではないが、声と態度でなんとなく理解できる。
妻が身を起こす事ができたのを目にして、心から安心できたのだろう。
父猪がムシャムシャとエサを食べだした。
やはり芋類が一番好きなようだが、コックローチもリザードも食べている。
以外に美味しそうに食べているのが、ラットの内臓だった。
前世でも、野生動物は獲物の内臓から食べると聞いた事がある。
特に肉食獣だと不足するビタミン補充のために内臓と糞を食べたと記憶している。
覚え間違いの可能性もあるが、内臓類をよろこんで食べてくれるのなら助かる。
少しでも野菜の、特に芋類の消費量を抑えたい。
子供たちも女性たちも甘くてお美味しい芋が大好きなのだ。
彼らが笑顔を浮かべて美味しそうに食べる姿を見ていると幸せな気持ちになれる。
「シスター、馬車の所に戻りますか」
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