第24話:信頼

 オードリーの言葉を信じるか信じなかと問われれば、信じると即答できる。

 だから俺は迷うことなく伝家の宝刀を振るう事ができた。

 だが俺は、何も考えずに無防備で突っ込むような愚者ではない。

 リザード種の瞬発力を予測しながら、攻撃が通用しなかった時にどう逃げるかも考えて、シルバーリザードの目に向けて剣を突き出した。

 頭の骨格を考えて、一撃で目から脳に届く角度と強さで刺突した。


 シャアアアアア


 リザード種の出せる声は限られているのか、威嚇音と同じだった。

 だが、確実な手ごたえがあった。

 シルバーリザードは俺の刺突の速さに対応して瞼を閉じた。

 強固な鱗と皮は瞼にもある。

 人間でいう額の部分に巻き上げられる形になっているから、防御力が落ちる訳ではなく、他の表皮部分と同じなのだ。


 なのに、俺が当初予測していた抵抗が全くない。

 易々とシルバーリザードの鱗と皮を突き破って、眼球を抜けて脳まで剣が届いた。

 しかも剣を引き抜くと、刃こぼれする事もなく攻撃前と同しだ。

 明らかにオードリーのスキルによる支援だと思う。

 攻撃力を強化するスキルなのか、それとも剣の強度を上げるスキルなのか。

 信じられない話だが、両方を向上させるスキルという事も考えられる.


 シャアアアアア


 もう脳は死んでいるはずだが、身体だけが動いている。

 リザード種特有の生命力と言うべきなのだろうか。

 このまま脳が再生するとは思えないのだが、いつまで暴れるのだろうか。

 もう俺を狙うことなく、単にのたうちまわっているだけなのだが、気になる。

 少しでも知能的な動きをするようなら、心臓も止めた方がいいだろう。

 問題はオードリーのスキルがいつまで効果があるかだが。


 振り返った俺の目に映ったのは、優しく微笑むオードリーだった。

 俺の考えを正確に理解してくれているようだ。

 この微笑みはまだまだスキル効果が続くという事だろう。

 こんな強力なスキルを使えるなんて、絶対に誰にも知られるわけにはいかない。

 目立つのは苦手なのだが、俺の能力にしておくしかない。

 攻撃力を上げるのではなく、剣の強度を上げるスキルにした方が穏やかだな。


 ★★★★★★


 分かっていた事だが、ハインリヒ将軍は戦術家としても優秀だった。

 普通なら攻撃が通じないシルバーリザードを、幾種もの兵を駆使して斃していた。

 速さを誇るスキル持ちにシルバーリザードの目を惑わせて攻撃をかわした。

 内臓や肉、骨などの素材をきっぱりと諦めて、打撃攻撃を重視した。

 剣を強化するスキルには頼らず、打撃力を上げるスキルを重視したのだ。

 もしかしたら、権力者に渡る素材を少なくしたかったのかもしれない。


 ハインリヒ将軍は、自身をも囮に使ったそうだ。

 少なくとも速さを強化するスキルはあるのだろう。

 もしくは速さを強化する支援魔術を使える人間を抱えているかだ。

 多くの武術スキル持ち孤児を助けて抱えていると聞いている。

 そんな連中を上手く使っているのかもしれない。

 いや、間違いなく上手く使っているのだろう。


 そうでなければ、片手でシルバーリザードを撲殺できるはずがない。

 片手で撲殺できる力があるのなら、素材を傷めない刺突でも狩れたはずだ。

 こうして考えると、明らかにシルバーリザードの素材をダメにしたと分かる。

 まだ権力者にシルバーリザードの素材を渡さない選択はできない立場なのだ。

 だが、その立場に甘んじる気がないから、皮と鱗以外の素材をダメにした。

 それが皇帝のためなのか、それとも自分のためなのかまでは分からないが。


「バルド殿、内密で話したいのだが、いいだろうか」


 シルバーリザードを狩ったハインリヒ将軍は、休む間もなく俺に会いに来た。

 二頭目のシルバーリザードから護ってくれたお礼だと言うのが表向きの理由だ。

 だが本当に話したい事が別にあるのは、会って目を見ただけで分かった。

 俺が表情を読んだのではなく、ハインリヒ将軍の方が伝えようとしたのだ。

 そして他の誰にも分からないような小声で話しかけてきた。

 大体の内容は分かっていたが、確認はすべきだから、俺に異存はない。


「分かった、では上手く取り巻きを遠ざけてくれ」


 小声でそう返事したが、言う必要などない言葉だ。

 内密で話したいのはハインリヒ将軍の方で、俺ではないのだ。


「今からシスターとバルド殿に味方になってくれるように説得する。

 条件交渉もあるから、お前たちは外してくれ」


 金や地位に関係する事だから、あまりに厚遇だと古参に妬み嫉みがでてしまう。

 自分よりも有能だと頭では分かっていても、心が納得しない。

 忠誠を尽くして功を上げているほど、そんな気持ちになってしまう。

 それをなくそうと思えば、内密で話すしかない。

 目に見える地位や権限ではなく、表にでない金や素材を渡して味方に引き入れる。

 そんな方法で引き抜かれた者が多いのだろう、直ぐに離れてくれた。


「単刀直入に話す、手に入れたシルバーリザードなどの素材を譲って欲しい。

 対価はこの国の小売り相場で支払う。

 冒険者ギルドの買取価格や卸価格ではないから得だぞ」


 確かに俺たちの立場ならいい条件だが、もう一声欲しいな。


「売値に問題はないが、別の条件も飲んでもらいたい」


「別の条件だと、無理を言ってくれる」


 よく言うわ、俺がどう交渉するかくらい分かっていただろう。


「馬車と輓馬、この国を出るために必要な物を売ってくれ。

 皇国軍の命令で商人から安く買い取り、一割ほどの利益を取って俺たちに売ってくれれば、お互い利益になるだろう」


 驚いているようだな。

 ただで寄こせと言うと思っていたようだな。

 甘く見るなよ、俺はそんな愚か者じゃない。

 今後の事も考えて、いい取引相手だと思わせたいのだよ。

 互いに利益が出る交渉ができる相手だと思わせられたら、今後もそういう付き合いができるのだから。


「ふっふふふふ、意表を突かれたぞ。

 なるほど、そう来たか。

 バルド殿は本当にこの国の人間なのか。

 隣国から入り込んだスパイなのではないか」


「俺がスパイなら、こんな交渉はしないし、シスターたちと出国などしない。

 俺がこんな交渉をするのは、単に頭がいいからだ。

 それと、将軍が必ず生き残られる人間だと思ったからだ。

 他国に行ったとしても、平穏に生きられるとは限らない。

 嫌でもこの国に戻らなければいけなくなるかもしれない。

 だから将軍と敵対する関係になるのは悪手だし、暴利をむさぼる相手だと思われるのも悪手だ。

 互いに利を得られる相手だと思われるのが最善だからだよ」


「分かった、その条件でいい、よろしく頼む、バルド殿」


「こちらこそよろしく頼みますよ、ハインリヒ将軍」

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