第23話:シルバーリザード

「シルバーリザードだ、シルバーリザードが現れたぞ」

「急げ、斬撃スキルのある者、刺突スキルのある者は現場に行け」

「支援魔術スキルのある者もグズグズするな」

「閣下護れ、閣下は左手が利かぬのだぞ」

「重装甲歩兵、閣下の盾になるのだ、急げ」


 迷宮ダンジョンの三十階層でようやくシルバーリザードを見つけた。

 深階層のボスだと言われているモンスターで、物理防御能力が高い。

 だから、皮や鱗、骨などにも物理防御が付与される。

 何時敵に襲われるか分からない王侯貴族なら、どうしても欲しい素材だろう。

 特に悪逆非道を行い、多くの人に恨まれているのなら、喉から手が出るくらい欲しい素材だからこそ、これほど無理を押し通して手に入れようとしているのだ。


 それにしても、ハインリヒ将軍は本気で左手がない状態で狩りをするのか。

 一国の将軍なら、それも策士だと思われる将軍なら、回復スキル持ちを密かに抱えていてもおかしくはない。

 抱えているからこそ、平気で左手を斬り落としたのだと思っていた。

 もしかして、本気で詫びる気で、回復させる手段もなしに手を斬り落としたのか。

 それとも、自分の名声を高めるためにあ、あえて片手で狩るつもりか。


 シャアアアアア


 などと考えていたら、事もあろうに背後からモンスターに襲われてしまった。

 五頭ものファイアリザードが、多くの冒険者を火だるまにして近づいてくる。

 忍者スキルの索敵範囲外から冒険者最後尾を襲われたので、気が付くのが遅れた。

 シスターの顔を見ると、ニッコリとほほ笑んでいる。

 もうすでに完璧な魔術防御を展開しているようだ。

 これなら安心してファイアリザードを狩ることができる。


 俺にはファイアリザードが火炎攻撃をしかけてくるタイミングが分かる。

 ファイアリザードに表情などないが、視線や身体の動きで読めるのだ。

 幼い頃からの鍛錬で会得した洞察力に加えて、忍者スキルがある。

 基本があるからこそ、得られたスキルを十全に発揮する事ができる。

 そう考えたら、フォレストの厳しい鍛錬に音を上げずに耐えた意味がある。

 刺客部隊が即座に超一流の仕事ができるのも、スキル付与前の鍛錬のお陰だな。


 ザク


 鍛錬で魔境やダンジョンで狩りをして、獲物を自分で解体して食べる。

 公爵家の刺客部隊を率いるフォレストが俺に課した鍛錬メニューの一つだが、その事にも色々な意味が含まれていたのだと今なら分かる。

 こういう状況になって生きて行けるのも、その効果の一つだ。

 だが一番の効果は、モンスターの身体を解剖学的に理解できた事だ。

 どの辺に心臓があり、どの辺に脳があるか想像できるようになっている。


 骨の厚みや硬さなども、表面から見ただけで大体想像する事ができる。

 だから、こうして一撃で心臓を貫くことができる。

 骨が厚く固い所を避けて、急所を攻撃する事ができる。

 骨に当たらない角度を考えて、心臓狙う事ができるのだ。

 自分が負傷する事なく、素早くモンスターを狩れる。

 それが素材を傷つけずに狩りを行う秘訣でもある。


「すごい、信じられない、なんでそんな事ができるんだ」


 俺の早業を見ることができる冒険者がいるとは少々驚きだ。

 スキルを得る前の俺では、パスカルの動きを見ることができなかった。

 フォレストに鍛えられた俺に見れなかった早業を、見る事ができるという事は、視力に関するスキル持ちなのかもしれない。

 索敵はもちろん、攻撃にも役に立つだろう。

 視力スキルに相応しいくらい身体を鍛えていればだかな。


 ファイアリザード五頭とファイアラット十七頭を狩ることができた。

 他にも大型のラットやリザード、コックローチを狩っている。

 傷も少ないし最高の素材なのは明らかだ。

 買い叩かれそうになったら、別にこの国で無理に売る必要はない。

 もう俺が強い事は知られてしまっているから、ひっそりと隠れる事は無理なのだ。

 魔法袋の金貨銀貨を使って、馬車と輓馬を買えばいい。


 五十二人が乗るための馬車だから、最低でも四台は必要だ。

 逃げることが前提だから、輓馬も最低二頭ずつは必要だから、結構な金額になる。

 だが、国に帰って正当な値段で買い取ってもらえれば、お釣りがくる。

 これくらい質の良い火属性の皮なら、公爵家も買い取る気になるだろう。

 ビシュケル王家とグリンガ王家と対立する気なら、騎士団や徒士団に火属性の加護と耐性のついた皮は必要不可欠だ。


 シャアアアアア


「ギャアアアアア」

「うっわ、助けて、たすけて、ギャアアアアア」

「ギャッフッ」

「ゴッ、ワ」


 リザード種独特の威嚇音とともに、多くの人間の絶叫が聞こえてきた。

 今度も忍者スキルの探索能力より遠くで最初の犠牲者がでた。

 さっきのファイアリザードは背後からやってきたが、今度のモンスターは左側の通路から現れやがった。

 しかもでかいと思ったファイアリザードより二回りは大きい。


 右側の通路からなら、シスターの魔術防御が展開されていたから被害はなかった。

 一瞬そんな風に思ったが、そうこちらに都合よくいくとは限らない。

 万が一モンスターの攻撃がシスターの魔術防御を上回っていたら、子供たちが被害を受けていたかもしれないのだ。

 慢心や油断は、自分だけでなく大切な人まで死なせてしまうかもしれない。

 俺は心を引き締めて新たに表れたモンスターに向かって行った。


 眩しいほど銀色に光り輝く鱗と角。

 一目見て深階層のボスモンスター、シルバーリザードだと分かる。

 強固な物理攻撃耐性を持つだけでなく、何でも咬み裂く鋭い牙と、何でも噛み砕く強靭な顎を持つ恐ろしいモンスター。

 現に鋼鉄製の鎧を装備した冒険者や、ホーンリザード製の革鎧を装備した冒険者を、牙で引き裂きバリバリと喰らっている。


 さて、どうやってシルバーリザードを狩ればいいのだろう。

 だが、生き残る事が大前提で、素材を得て金にするのは二の次だ。

 忍者スキルを駆使して斃せない訳ではないが、それでは俺の剣はボロボロになる。

 伝家の宝刀を使い潰してしまう事になる。

 だが他の剣だと、とてもじゃないがシルバーリザードを斃せない。

 目を突いて脳を破壊するには、瞬きする一瞬のスキを突かなければいけない。


「ギャアアアアア」

「たすけてくれぇえええ」

「うわ、うわ、うわ、うわ」

「食うな、俺を食うな」

「ギャアアアアア」


 よほど空腹だったのか、次々を冒険者を食っていきやがる。

 もう満腹になっていいはずなのだが、一向に冒険者を喰う速度が遅くならない。

 魔力的な何かで、素早く消化吸収しているのなら、満腹を待つ事もできない。

 

「バルド様、私が魔術で支援しますから、安心して攻撃されてください」


 シスターの声が俺の耳に入ってきた。

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