第20話:補給品

 ハインリヒ将軍は俺との約束をちゃんと守った。

 軍の補給品から大量の物資を融通してくれた。

 こちらの希望を聞いて、武器や防具、衣服や旅装を渡してくれた。

 食料や水も渡すと言ってきたが、それは断り、その分は金銭でもらった。

 すべてオードリーと相談したうえで決めた。

 ハインリヒ将軍は油断も隙もない男だと分かっていたからだ。


「ハインリヒ将軍はこの国では珍しい誇り高い武人だと聞いています。

 元々は孤児で、神から与えられた武術スキルを活かして活躍されたそうです。

 同じような孤児たちを集めて、手柄を重ねたと聞いています」


 オードリーから聞いたハインリヒ将軍の評判はよかった。

 この乱れた国では、底辺から這い上がった立志伝中の人なのだろう。

 同じように困窮する平民から見れば憧れの人というわけだ。

 現にオードリーに育てられている孤児の中にも、憧れるような表情をしている男の子がいるが、ちゃんと言っておいた方がいいだろう。


「確かにこの国の民からすれば英雄なのだろうが、それは武術スキルがある民だけの話しだぞ、お前ら。

 ハインリヒ将軍はシスターのようにすべての民を命懸けで助けている訳じゃない。

 自分の手駒になる武術スキル持ちだけを利用しているのだ。

 よく知らない人間に憧れて、利用されて殺されるだけならまだいい。

 本人の責任、自業自得だからな。

 だが、自分だけでなく、大切な人まで巻き込まれて死ぬかもしれないのだぞ。

 お前たちを助けるために、シスターが殺されるかもしれないのだぞ。

 まず一番先に誰を信じるべきか、それを間違えるんじゃない」


 俺の言葉に男の子たちがハッとした表情になった。

 まだ腐れ外道冒険者たちに襲われた記憶が鮮明なのだ。

 自分たちが人質に取られたせいで、親代わりのシスターが嬲り者にされかけた。

 あのような状況に二度と陥らないためにも、一番先に信じる人間を間違ってはいけない、そう気が付いてくれたのだろう。


「そこでだ、大量の補給品を与えようとする将軍の裏を考えてみるんだ。

 普通なら絶対に持てないような補給品を与えるのはおかしくないか。

 それは、シスターの魔力量を確かめようとしていると思わないか。

 莫大な量の魔力があって、魔術防御スキルまでもっている。

 さらに莫大な物資を保管運搬できる魔法袋のスキルまで持っている。

 皇国軍の将軍として、利用しようとするのではないか」


「ちくしょう、シスターを利用する気だったんだ」

「信じていたのに」

「憧れていたのに」

「騙しやがったんだな」

「ゆるさない、シスターを利用しようする奴はゆるさなわ」


「俺の言った事が絶対に正しい訳ではない。

 孤児の中から才能のある者を身分に関係なく救い上げるのは本当だろう。

 この国なら、信じられないくらい公平なのも本当だろう。

 誰も助けてくれる人がいなくて、一人で生きていかなければいけない孤児なら、武術スキルがあるのなら、ハインリヒ将軍を頼った方がいい。

 だが君たちは違う、シスターがいるんだ。

 君たちが頼り信じるべきはシスターだ。

 同時に、シスターを利用しようとする者には、君たちは狙い目なのだ。

 君たちを人質にすれば、シスターを好きに利用できるのだ。

 だから、最初に相手の考えている事を予測して対策を立てるんだ。

 それも、自分たちを利用してシスターをを言いなりにしようとする奴がいる。

 そういう前提でよく考えるんだ」


 俺はシスターと今後の事を話し合う前に、子供たちに現実を話した。

 ハインリヒ将軍は、英雄視されているだけに危険なのだ。

 シスターのためにもなると考えて、将軍の言う通りする子がいて、将軍が俺の考えているような超現実主義の人間だったら、シスターと子供たちが不幸になる。

 自分のためにシスターが傷つくような事があれば、子供たちの心も傷つく。

 そんな姿を見たくないのなら、今ここで最悪を想定しておく方がいい。


「ではバルド様、水や食料を受け取らず、子供たちが身につけられる装備と着替えを要求するのですね」


「そうです、それが一番安全だと思われます。

 将軍に敵意があった場合、水や食料に毒を仕込んでおくことができます。

 利用しようとするのなら、常習性のある麻薬を混ぜる方法もあります。

 シスターと子供たちが毒殺される姿も、麻薬の常習者になって利用される姿も、俺は見たくないですからね」


 俺が口にした可能性に子供たちが真っ青になっている。

 子供たちも、生れてから今までとても苦しい生活をしてきたとは思う。

 だが、今ではシスターに護られている、とても幸運な子供たちでもあるのだ。

 大人になるまで生きていくうえで、辛酸を嘗め尽くした人間。

 性格の歪み切った人間や、あらゆる方法を使って生き延びてきた人間の、手段を択ばない悪辣さは、まだ理解できないだろう。


「分かりました、バルド様の言われる通りにします。

 ただ、これからどうするのか教えてください。

 バルド様はこの国を出る手助けをしろとハインリヒ将軍に要求されました。

 ハインリヒ将軍は直ぐに返事ができないと言われました。

 ハインリヒ将軍が手伝えないと言った場合でも、この国を出られるのですか」


 シスターの疑問はもっともだろう。


「シスターが心配されるのは当然の事です。

 私はハインリヒ将軍が手伝いを拒否しても、この国を出ようと思っています。

 ハインリヒ将軍が時間稼ぎしたのは、シスターのスキルを確認するためです。

 先程も言ったように、シスターの魔法袋の容量が知られたら、なにかと理由をつけて自軍に組み入れようとするでしょう。

 その中には、子供たちを軍の登用して、ハインリヒ将軍の親衛隊に取立てるという厚遇を示して、子供たちを取り込むこともありえます」


「ちくしょう、絶対に騙されないぞ」

「俺たちを利用しようとするなんて、最低だ」

「私、絶対にシスターの側を離れないわ」

「私も、私も離れないわ」

「私もシスターと同じようにシスターになるの」

「俺たちでシスターを護るんだ」


 俺の予測、言葉が必ず正しいわけではない。

 あくまでも最悪を想定しての予測に過ぎない。

 ハインリヒ将軍が本当の英雄だという可能性もある。

 だが同時に、英雄だからこそシスターや子供たちを利用する可能性もある。

 君主豹変するという言葉もあるように、一気に言動が変わる可能性もあるのだ。


「では、ハインリヒ将軍がダンジョンを出る事を許可してくれたら、馬車を確保してこの国を出ていくのですね」


「はい、その予定ですが、何か問題がありますか」


「いえ、この国から出て行けるのなら、それが一番です」

 ですがグリンガ王国は奴隷制だと聞いています。

 グリンガ王国に行ったら、私たちは奴隷にされるのではありませんか」


 シスターの言う通りだろう。

 だとすると反対側にある国に行く方がいいか。

 それとも、ノルベルト公爵領からは更に離れてしまうが、更に北側の国に行くか。

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