第21話:迷宮ダンジョン

「では、話し合った通り、一緒にダンジョンに潜ってもらいましょう」


 ハインリヒ将軍の言葉通り、俺たちは迷宮ダンジョンに挑むことになった。

 本当なら直ぐに地上に戻って国を出て行きたい。

 だが先立つモノがなくては、出て行きたくても出ていけない。

 俺には隠し金があるが、将軍の目があるところで使うわけにはいかない。

 そして五十人もの子供たちを育てていたシスターに蓄えなどない。


 だから結局迷宮ダンジョンで逃亡資金を稼ぐことになった。

 俺とシスターだけなら、徒歩で隣国を目指す事も可能だ。

 だが五十人もの子供がいては、歩いて逃げる事などできない。

 輓馬と馬車、更に食料や水を購入しなければいけない。

 そのための資金を稼げる場所は迷宮ダンジョンしかないのだ。


 だが、ハインリヒ将軍にシスターの魔術防御以外のスキルを見せたくない。

 予測はしているだろうが、確かめさせるわけにはいかない。

 シスターのスキルを知られるくらいなら、俺の魔法袋を知られた方がましだ。

 もう皇国軍には俺のスキルの一部を知られてしまっている。

 あれだけの戦闘スキル持ちなら、高価な汎用魔法袋を持っていて当然なのだ。

 それでも、実家の秘宝である桁外れの容量は知られるわけにはいかない。


 俺たちは迷宮ダンジョンの深層部まで潜る前提で物資を用意した。

 水、固形燃料、各種回復薬と快復薬、消耗品を購入した。

 パスカルが用意してくれていたこの国の金貨銀貨も使った。

 子供たちのために野菜と果物も大量に購入した。

 かなり高かったが、子供たちの成長と健康のためには、バランスの取れた食事を用意する必要があったのだ。


「では、他の冒険者の方々と一緒に最後尾をついてきてください。

 狩りがしたくなった時に隊列を離れる場合は、監督役に許可を取ってください」


 ハインリヒ将軍の言う通り、冒険者たちが総動員されている。

 将軍と言えど、権力者の大貴族に正面から逆らう事はできない。

 普通なら唯々諾々と従うのだろうが、将軍も名声を損なう事を恐れたのだろう。

 冒険者たちを矢面に立てるのではなく、自分たちが最前線に立っている。

 その代わり、冒険者たちには物資の輸送と後方警備を命じている。

 しかも自由に狩りをしていいという好条件だ。


 さらに言えば、一旦地上に出て休息をとり補給をする許可まで与えている。

 今までの大貴族とギルドマスターのやり方からは考えられない好待遇だ。

 だが、忘れてはいけない、何の保証もされていないのだ。

 この国なら普通の事なのかもしれないが、あれだけの損害を与えながら全く保証せず、そのうえに賃金もなしに従軍を命じられているのだ。

 それなのに評判が上がるようにしているのだから、とても強かだろう。


 だが俺たちには好都合な条件だ。

 迷宮ダンジョンの主要路にいる強大なモンスターは皇国軍が討伐してくれている。

 俺たちは深く潜る主要路から外れた場所にいるモンスターを狩ることができる。

 だがあまり皇国軍から離れると、先に討伐してくれた恩恵を受けられなくなる。

 だから従軍から外れる時間はできるだけ短くしなければいけない。


 浅階層と言われる地下一階から地下十階までは、時々離れて狩りをした。

 子供たちが人質に取られる危険を回避するために、全員一緒に行動した。

 食料を確保するための狩りはもちろん、排泄もできるだけ一緒にした。

 一万もの皇国軍が一緒に行動するのだ、排泄量もバカにできない。

 その排泄物を食べようと、スライムや虫がよってくる。

 そのスライムや虫を食べようとするモンスターも集まってくる。


 どの程度まで食物連鎖をたどれば、同じ人間の排泄物を意識しなくてすむのか。

 その点が結構大事だったりする。

 目に見えない所で排泄物を食うのなら気にしなくてすむのだが、目の前で食べられると、さすがに食欲がわかないのだ。

 だから、今回はラットやコックローチではなく、リザードを主に狩った。

 ラットやコックローチは自分たちでは食べず、小銭稼ぎのために狩った。


「さあ、さあ、さあ、食事にしましょうね」


 シスターの許可を受けてから子供たちは食事を始める。

 今までは行儀の悪い事をする子もいたようだが、今は全員行儀がよくなっている。

 色々あった事で、シスターのありがたみが骨身に染みたのだろう。

 命を危険を感じて大人になったともいえる。

 決して俺が怖くて行儀をよくしているわけではない。


 シスターへの注目を逸らすのは全員で話し合って決めた事だ。

 だから少々の不便や不味い料理は我慢する事になっている。

 俺の魔法袋から取り出した水と固形燃料を使ってシチューを作る。

 主食にあたるのは、小麦粉を練って作った団子や麺だ。

 鍋一つで主食とおかずが一緒になっている料理を作るのだ。

 それでも、堅パンと干肉で食事を済ましている他の冒険者よりは恵まれている。


「全員できるだけ固まっているんだ。

 シスターの魔術防御にも限界があるんだぞ」


 監督役と他の冒険者たちを誤解させるために、魔術防御の展開時間を限っている。

 広さと展開時間には制限があると思わせようとしているのだ。

 そう簡単にハインリヒ将軍を騙せるとは思わないが、やれるだけのことはする。

 そんな演技をしながら、迷宮ダンジョンの中階層で狩りをした。

 浅階層とは比較にならないくらい強力なモンスターがウジャウジャいる。

 忍者スキルとシスターのスキルがなければ、子供たちは確実に喰われていた。


 だが今では、簡単にサクサクと狩ることができている。

 主要路を外れて、皇国軍の討伐から逃れたモンスターを狩る。

 それなりの値段で取引されているモンスターを数多く狩ることができた。

 皮と鱗が良質の鎧に加工できるアイアンリザードは格好の獲物だった。

 少し大型のファングラットの皮は、少し値段が安い分よく売れる。

 肉も美味しいから富裕層が買ってくれるのだ。


「でた、ファイアラットがでたぞ、逃げろ」


 皇国軍から離れて狩りをしていた冒険者が、こちらに逃げてきた。

 俺たちに逃げろと言うのなら、そもそもこちらに逃げてくるんじゃない。

 口では言い訳をしているが、実際にはモンスターを俺たちに押し付ける気だ。

 実力もないくせに、俺たちの成果に眼が眩んで狩りに出たのが悪い。

 賄賂をもらって狩りの許可を出した監督役は、もっと悪い。


 一度粛清したとはいえ、まだまだ皇国軍に中にはクズがいる。

 ハインリヒ将軍は最初から俺にクズを殺させる気だったのか。

 自分の手を汚さず、内部の敵を粛清しているのだとしたら、副官は暴走したのではなく、将軍に操られていた事になる。

 もしかしたら、俺も操られているのかな。

 スキルの中には、人を誘導したり操ったりする魔術もあるからな。


「シスター、子供たちを護って逃げてくれ。

 俺はファイアラットの群れを狩る」


 一頭二頭ならともかく、十数頭の火魔術を使う凶暴な鼠が相手か。

 金にはなるが、ちょっと大変だな。

 途中で切れるなよ、忍者スキル。

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