第30話:アンノ・サンガースハウゼン総隊長
「申し訳ありませんが、俺はこの者たちから離れられないのです。
率直に申し上げさせて頂きますが、アンノ総隊長の事が分からないのです。
アンノ総隊長が下劣な貴族の手先だと、シスターたちが人質にされるかもしれませんからね」
俺は大声を出すわけでもなく、秘密めかして小声で話すわけでもなく、普段と同じように、まるで仲のよい友人と雑談をするような調子で話しかけた。
アンノ総隊長が少し早歩きで近づいてくる姿、話しかけてくるときの表情や調子、なにより話す内容から信じられる人物だと分かっていた。
ハインリヒ将軍にリウドルフィング王国に行くと言ったのに、俺たちに何も言わなかったから、最低でも敵ではないと分かっていた。
だが、思い込みで大切な人たちの命を懸ける訳にはいかない。
だから挑発するような言葉をかけて、アンノ総隊長の性格を確かめる。
自分が色んな人間を挑発して争いになった事は深く反省したが、今回は別だ。
それに、シスターたちを自分の目の届かない所に置いていくなど絶対にできない。
俺に許されているのは、シスターたちの側にいるという前提の行動だ。
「そうか、分かった、だったらここで話そう。
だが、そうなると、バルド君の言う、敵に情報が伝わるぞ。
その覚悟があっての言葉なのだろうな」
多少は怒っているようだが、俺の挑発を飲み込む事のできる漢のようだ。
まだ敵か味方かは分からないが、なかなかの漢だと思う。
敵だとしたら、強敵になるかもしれないな。
まあ、たぶん味方まず間違いなく味方だと思う。
味方でないとしても、敵ではなく、中立なのだろう。
「はい、覚悟はできてます。
ですが、馬車の中で静かに話せば誰にも聞かれないと思います。
馬車に砦の広場で円陣を組ませる許可をいただけますか」
なぜこれほど重要な軍事施設を砦と呼んでいるのか分からない。
普通なら城というべきだし、責任者は総隊長ではなく城代と呼ばれるべきだ。
そんな強固で広い城の中には、隊商の馬車を調べるためや、兵士を閲兵に使うのであろう、とても広い場所が中央にある。
そこでなら馬車に円陣を組ませて敵に備える事ができる。
円陣の中に馬車を一台入れて、その中で話せば誰にも聞かれないだろう。
問題があるとしたら、アンノ総隊長に一人で敵の中に入る度胸があるかだ。
俺の目が確かなら、入ってくれると思うのだが。
「分かった、円陣の中で話してもらおう、お前たちは外で待っていろ」
アンノ総隊長は砦の将兵に信頼されているのだろう。
誰一人反対する事なく少し離れてくれた。
お陰で俺たちは安全な場所を確保する事ができた。
シスターの魔力が莫大なのは分かっているが、できるだけ節約したい。
縦に長い隊列に魔術防御を展開するよりも、固まって円陣を組んだ馬車に魔術防御を展開する方が、魔力の消費量は少ないはずだ。
「実は、ハインリヒ将軍を邪魔に思う貴族に襲われたのです。
そいつらを皆殺しにした時に、戦利品として手に入れたのが、あの軍馬たちです」
アンノ総隊長は、輓馬たちが素早く円陣を組むのを感心しながら眺めていた。
おそらくまだ幼い少年少女が輓馬を操っていると思ったのだろう。
実際には聖女の力だが、この件に関しては真実を話す気はない。
だが、円陣が組み終わった後で、アンノ総隊長には、別の真実を話した。
本当に隠したい事があって、嘘を話すのなら、九割は真実を話す方がいい。
俺が絶対に隠さなければいけないの、シスターのスキルだけなのだから。
「なるほど、そうでなければこれほど見事な軍馬を大量に手に入れるのは無理だな。
ふむ、だとしたら、どうするべきか。
皇帝陛下の害になる連中の力を削ぐ機会を逃すわけにはいかない。
だが私もこれ以上有力貴族たちに睨まれるわけにもいかない。
この重要な拠点を、皇帝陛下に忠誠を誓わない奴に任せる事もできん」
アンノ総隊長が真実を話しているのか嘘をついて俺たちを騙そうとしているのか。
それを見抜く事が一番大切だが、おそらく真実を話してくれているのだろう。
自分ではいい策が思いつかないから、ハインリヒ将軍から他国に浸入するほどの重要な役割を与えられた、密偵である俺の意見を聞きたいのだろう。
ハインリヒ将軍はこうなる事まで予測していたのだろうか。
ハインリヒ将軍に上手く利用されているようで嫌だが、俺にも都合がある。
「では、敵の襲撃を受けている間に俺たちが逃げてしまった事にしましょう。
リウドルフィング王国側からの攻撃では、国際問題になりかねません。
ですから自国内の叛乱分子が襲ってきた事にしましょう。
その敵をアンノ総隊長が上手く撃退したら、政敵もアンノ総隊長を解任するわけにはいかなくなるのではありませんか。
特にこの周辺では、コンラディン侯爵家の騎士隊が行方不明になっているのです。
コンラディン侯爵家が皇帝陛下の砦を攻撃したと言われるのを避けたいのなら、アンノ総隊長の責任を問わないと思います」
「それは名案だと思うが、その敵をどうやって用意するのだ。
この砦には各派閥の密偵が将兵として入り込んでいる。
実際に襲撃されないと、その策は通じないぞ」
「教えていただきたいのですが、コンラディン侯爵家には鳥を操るスキルを持った家臣が仕えていませんか。
いえ、コンラディン侯爵家には限りません。
この国の有力貴族の中に、鳥使いのスキル持ちはいませんか。
実際俺たちは鳥使いに襲われました。
俺が同じ鳥使いでなければ、コンラディン侯爵家にこの首を取られていました」
「コンラディン侯爵家が、鳥を使役するような特殊なスキル持ちを抱えているという話しは、聞いた事がない。
だが、どの有力貴族も切り札になるようなスキル持ちは秘匿している。
内乱中は秘匿するような余裕はなかったが、この十年で抱えた可能性もある。
実際バルド殿が襲われたというのなら、どこかにいるのだろう。
バルド殿自身も使えるというのだからな」
完全には信じてくれていないようだな。
だが、少しは鳥使いのスキルがあるかもしれないと思ってくれたようだ。
普通は絶対に信じられないスキルだよな、鳥を使役できるスキルなんて。
俺だってこの眼で見るまでは信じられなかっただろう。
だからこそ、アンノ総隊長は実際に使って証拠を見せろと言外に匂わせている。
いいだろう、派手に見せてやるよ、実際に使うのは俺ではなくシスターだがな。
「シスター、頼みます」
俺はアンノ総隊長を馬車陣の外に出してからシスターに頼んだ。
「はい、鳥たちには可哀想ですが、しかたがありませんね。
できるだけ死なない程度に襲わせるようにします」
シスターは襲撃に使う鳥たちを哀れに想っているようだ。
だが、モンスターを斃せないような人は、小鳥を狩って食べているのだ。
シスターも子供たちも、小鳥を狩って食べた事があるはずだ。
自分たちの命が掛かっているのだから、鳥の命など気にしていられないはず。
まあ、でも、それとこれは違うという事なのだろう。
「うわぁああああ」
「なんだ、なんだ、なんだ」
「とりだ、鳥が襲ってきた」
「うろたえるな、叛乱分子の鳥使いが砦を襲ってきたのだ。
ハインリヒ将軍の密使が教えてくれた。
鳥を撃退して砦を護れ、叛乱分子に皇帝陛下の砦を奪わせるな」
「「「「「おう」」」」」
アンノ総隊長はとっさにアレンジを加えてくれたようだ。
これで俺たちは、逃げた商人ではなくてハインリヒ将軍の密使という事になる。
これは上手く罠にはめられたのかもしれない。
俺たちは完全にハインリヒ将軍の配下という事になってしまった。
これ以上利用されたくなければ、もう二度と皇国には近づかない事だな。
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