第31話:入国

「よし、行っていいぞ」


 リウドルフィング王国側の国境を無事に通過する事ができた。

 リウドルフィング王国側は、国境の軍事拠点を砦はなく城として扱っていた。

 その城の門番が偉そうに、俺たちに出て行けと言う。

 だが気にする事はない、城代とはいい商売ができた。

 国境を預かる城代は、自身が預かる軍の強化に積極的だった。


 皇国は内乱で疲弊しているが、その分戦争慣れしてもいるのだ。

 実戦慣れしていて、内戦中には卑怯な戦法も数多く使われていた。

 そんな皇国側が奇襲をしかけてきた時にも、即時対応したいと思うのは当然だ。

 皇国側に数多くの密偵を放っていて当然なのだ。

 皇国側の砦は、英雄と言われるハインリヒ将軍のシンパが預かっているという情報を、性格につかんでいた。


 そんな状況の軍事拠点に、俺たちはよく調教された軍馬を数多く持ち込んだのだ。

 これが治安の悪い国や、悪い城代が支配している城なら、俺たちを殺して軍馬だけでなく全てを奪おうとしただろう。

 だがリウドルフィング王国はそれなりの国王が統治しており、城代も騎士の誇りを持つ者が任命されていたので、正当な取引を申し込んできた。


「入国税や積み荷の持ち込み税を免除して頂けるのなら、皇国での購入価格でお譲りさせていただきますが、いかがでしょうか」


 俺は忍者スキルの一つ、話術を駆使して城代と直接交渉した。

 こんな事もあろうかと、偽の領収書を作ってあった。

 値段の基準は軍事物資の高価な皇国だ、とても高い値段で評価されている。

 普通なら断られるが、交渉相手は平和な国の騎士精神を持つ城代なのだ。

 商人が購入した価格以下で、無理矢理商品を買い叩くわけにはいかない。

 そんな事をしたという噂が広まったら、国王に城代を罷免されかねない。


 ただ正直な話し、俺もどのような取引をすべきかよく考えた。

 税の免除をしてもらった方がいいのか、仕入れ値に一割の利益を上乗せすべきか。

 俺一人ならば、すべての獲物を魔法袋に入れられるから、一割利益を選んでいた。

 だが今はシスターたちと一緒で、大人数の入国税を支払わなければいけない。

 そのシスターたちを乗せるための馬車と輓馬の数も多い。

 さらに護衛のために同行させている、軍馬や軍用犬を数多く連れているのだ。


「分かった、その条件で軍馬百五十二騎を買い取ろう。

 他の軍馬や軍用犬も購入したいのだが、やはりだめか」


 散々交渉した後なのに、更に粘る城代は商人の方が向いているのではないか。

 まあ、でも、城代の気持ちも分かる。

 軍馬が多ければ多いほど、貴重な騎馬隊を増員できる。

 軍用犬はその騎馬隊を防ぐことにも役に立つし、伝令に使う事もできる。

 城の予算を全て使ってでも、軍馬と軍用犬を買い取りたいだろう。

 今なら、これからの分は利益をもらうと言っても通じるだろうが……


「申し訳ありませんが、私たちも商人でございます。

 ここで利益もなく全ての商品を手放すわけにはいきません。

 入国税や持ち込み税を免除していただいても、売る商品がなければ、人件費や旅費などを回収する事ができず、大赤字になってしまいます。

 それでなくても、莫大な税金を皇国側で支払って出国してきたのです。

 最低でもその分は回収しなければ、家族を売ることになるかもしれないのです。

 ですから、残っている軍馬や軍用犬は、王都で売るつもりです」


「さすがにこれ以上は無理は言えんか、分かった、もう何も言わん」


 そんなやり取りの後だから、門番の横柄な言葉などまったく気にならない。

 それよりも気になるのは、別行動をしている動物たちの事だ。

 本当に予定通りにここの国で合流できるかどうか、心配だ。

 予定通り動物たちと合流できたとしても、もし動物たちが人間を襲っていたら、俺は動物たちを殺さなければいけないのだ。


 そんな事になったら、子供たちに恨まれてしまう。

 子供たちの多くは、小鳥や輓馬、軍馬や軍用犬を可愛がっている。

 だが中には、普通なら怖がるはずの、狼や虎を可愛がっている子もいるのだ。

 シスターが操っているからだろうが、狼や虎も子供と仲良くやっている。

 そん狼や虎を殺してしまったら、子供が哀しむだろう。

 恨まれるのはしかたがないと諦めるが、子供の哀しむ顔は見たくない。


 リウドルフィング王国の国境城を出てから丸一日、動物たちと別れてから一日半が過ぎたころ、森の中の道を進んでいる時に、待望の動物たちが現れた。

 もちろん見張りの鳥が事前に報告してくれていたし、俺自身の忍者スキルでも動物たちが近づいている事は分かっていた。

 だが実際に動物たちの顔を見ることができて、ようやく心から安心できた。


「まあ、まあ、まあ、まあ、よく戻ってくれましたね。

 みんな仲良くしていましたか。

 お腹は空いていませんか、新鮮なラットやリザードを食べますか。

 そう、そうなの、協力して狩りをしていたのね」


 シスターは動物たちと再会できたことを心から喜んでいるのだろう。

 満面の笑みを浮かべながら動物たち一頭一頭に話しかけている。

 動物たちも、とてもうれしそうにしている。

 狼や野犬は、それこそ尻尾が千切れるんじゃなっかと思うくらい、ブンブンと振り回しているが、それは野生馬も虎も豹も同じだった。


 それにしても、これだけの野生動物がチームを作って狩りをしていたのか。

 それでは、どれほど早く走れる草食動物でも、逃げきれないだろうな。

 野犬と狼が追いかけて、虎や豹が仕留めたのだろうか。

 もしそれが人間だったら、絶対に逃げきれないだろう。

 軍や冒険者パーティーでも、確実に撃退できるとは言えないだろう。


「では行きましょうか、バルド様」


 俺が色々と考えてしまうくらいシスターと動物たちは再会をよろこんでいた。

 いや、シスターだけでなく子供たちも動物たちとの再会をよろこんでいた。

 その姿を見ていると、この子たちの中から動物と心を通わせるスキル持ちが生まれればいいのにと思ってしまったが、そんなに都合よくはいかないだろう。

 だが、前世では調教師という職業があった。


 中には虎や豹を扱う調教師もいたから、スキルなしでもできるかもしれない。

 最低でも人間と相性のいい野犬や狼を手懐ける事はできるだろう。

 現に軍用馬や軍用犬がこの世界にはいるのだ。

 俺が前世の知識と今生の権力を使えば、確実に調教師を育てられるだろう。

 問題は動物スキル持ちがいた場合、自分の犬や狼を動物スキル持ちに奪われる事だが、実際にそんな事が可能なのなら、軍事常識が根本的に変わってしまう。


「ええ、できるだけ早くこの国を通り抜けてしまいましょう」


 俺は迷う事なくシスターに答えた。

 この国を通過する事は決めていたが、どこに定住するかまでは決めていなかった。

 こうなった以上、もう王家との全面戦争を覚悟するしかない。

 俺の生まれ育った国に戻り、シスターたちが安心して暮らせる国にする。

 そして子供たちと話し合って、調教師を育てよう。


 どのようなスキルを神授されようと、犬使いと狼使いはシスターの役に立つ。

 エサを確保するのは大変だが、今から犬や狼を調教しておけば、動物たちのエサを確保するだけでなく、主人に利益を与えられるようになるだろう。

 ここは迷う時ではなく動く時だ、できるだけ早く母国に戻るのだ。


「バルド様、何か巨大なモノが近づいてくるようです」

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